水泳のお時間
「桐谷さんどーしたの?さっきから何も言わないけど、気分でも悪いの?」


顔は今も下を向いたきり、目を押しつぶって必死に堪えるわたしの上で、

まるでこの様子をわざと見せつけるように、小野くんがチラチラと瀬戸くんを意識して見ているのが分かった。


その瞬間、わたしの手にギュッと力がこもる。


「桐谷さん聞いてる?」

「~~~っ」


小野くんがわたしの足を撫でるように触れてくる。


瀬戸くん以外の人にこんな事いわれて、恥ずかしいのと、情けないのとで、まともにこの顔をあげられなかった。


とにかくこの場をやり過ごしたくて

プールのふちにしがみ付いたきり、うつむいて黙ったままのわたしに、小野くんはわざと意地悪な言葉を向けてくる。


「桐谷さん、さっきからずっと顔が下向いてるよ。教えてもらってる時は顔あげて確認しないと、聞いてんのか分かんねーんだけど」

「~~~っ」

「桐谷さん」


その言葉にわたしは必死に首を横にふった。


い、いやっ…。

やっぱりだめ。顔見れない。


だって顔をあげたら、瀬戸くんがいる。

目の前で、瀬戸くんが見てるのに……っ


すると小野くんはわざとわたしの顎をつかんで、持ち上げてきた。


強引に顔を上を向かされたわたしは、押し閉じていた目をとっさに開いてしまい、

目の前にいる人の姿を見つけてしまう。


「せっかくこっちに連れてきてやったんだから、よく見れば?」


そう言って、小野くんはなおも無理やりわたしの顔を上に向かせて、見させようとする。


瀬戸くんは何も言わない。

目の前に映る瀬戸くんは、何か口を出すわけでも、ここから立ち上がるわけでもなくて

ただ膝に肘を乗せた手を組んだまま…


でも、視線はジッとわたしを視ていた。
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