水泳のお時間
「桐谷の、そういう無意識で無防備なところが、桐谷らしいし、イイところだと思うけど、それは逆に誰にでも相手を許してると思わせる。だから二度と俺以外の男に気を許したり、桐谷のそんな姿見せて、無防備に誘ったりしたらダメだよ」

「?は、はい」

「それでも俺の言ったことを聞かずに、約束を破ったら…許さない」

「えっ…」

「はは、冗談だよ」


え?え?


すっかり混乱するわたしを前に、瀬戸くんは静かに微笑んだかと思うと、

歩き出して保健室のドアに手をかける。


だけどどうしてか一度その手を止め、こっちを振り向いた。


「でもこう見えて俺、独占欲強いから。それは本当」

「!」

「覚えておいて」


そう言って、瀬戸くんは保健室をあとにした。


残されたわたしは、少しのあいだ放心していたけれど

すぐにどうしようもなくなって、崩れるように保健室のベッドに倒れこんだ。


そして今まで感じたことのなかった激しい緊張を感じながら、自分の胸元に視線をおろす。


「……」


そこにあるのは、わたしの胸元に刻まれたばかりの、たくさんの印。

それは昨日、小野くんに付けられたものがどれだったかさえ、もう分からないくらい、

たくさんの赤い警告で埋め尽くされていて……


まるで本当に、こう言われてるみたいだった。


“約束を破ったら…許さない”


わたしはおそるおそる自分の指でその場所に触れてみると、優しく押し当てる。

するとそこには、昨日感じた痛みとはまた違う痛みを、確かに感じて。


その瞬間、わたしは思わず声にならない声をもらしそうになり、

とっさに両手で口元を覆った。


「…っ…っ…」


…違う人に付けられて悲しかったこの傷も、あの人が与える痛みなら、

それすらもわたしにとっては、嬉しい痛みに形を変える。


たとえその証が見えない力でわたしを押さえつけ、動けなくさせて、

自由を奪うものだとしても。


わたしはあなたに――縛られたい。
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