水泳のお時間
瀬戸くんの言うとおりだ…。


…わたし

今までずっと泳げるようになりたいって、誰よりもそう願いながら、

でも本当は心のどこかで瀬戸くんの優しさに甘えてた。


もし溺れたとしても、その時はまた瀬戸くんが助けてくれる。

手を差し伸べてくれるって、そんな風にも考えてた。瀬戸くんを、頼っていた。


事実、さっきだって、瀬戸くんが助けてくれる事ばかり期待して……


「だから、今日の指導で桐谷が成長しているってことが分かって、安心した」

「成長…?」


一人、さっきの自分の姿を思い出し沈黙していると、

今までわたしの頬に触れてくれていたはずの瀬戸くんの手が、あっさりと離れていった気がして。


とたんに冷たくなったその温もりに、この時のわたしはふしぎと心寂しさを感じて。


まるでその温もりを無意識に補うように、わたしは自分で自分の頬に手を伸ばし、触れた。


…成長…?

そうなの…?


わたしは、成長…出来ているのかな。瀬戸くんの期待にちゃんと、応えられている?

瀬戸くんがいなくても、ひとりで泳げるようになれているの?

でも、わたしは……


「…!」


気がつくと、さっきまで上を見ていたはずのわたしの視線は、

いつの間にか下へと向けられていて、ついまたぼんやりと考えてしまっていると、瀬戸くんの手が肩に触れた。


その瞬間、わたしは思わずハッとして瀬戸くんを見あげる。


だけど、その時見た瀬戸くんの笑顔は今までにないくらい、とても悲しそうな目をしていた。

…?

瀬戸くん…?


「まだ息があがってるね。いきなりあんな事して、桐谷に嫌われたかな」

「!そんなこと…」

「ない?…でも、桐谷がそう言ってくれるなら、もう心配いらないかな」


瀬戸くんは、まるで独り言のようにポツリとつぶやいた。

その言葉に、わたしは目をひらき、首をかしげる。

…?

瀬戸くん…?


「人工呼吸なんてわざわざしてあげなくても、俺が傍でついて、見ていてあげなくても、桐谷はもう自分の力で泳いでいけるって分かったから」


何を言っているの……?
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