水泳のお時間
「瀬戸くん…?」


瀬戸くんの言っている意図が分からずに、わたしは困惑する。


そのまま戸惑いを隠せずにいると、

瀬戸くんは突然フッと口元を崩して笑い、目を細めた。


「そんな顔するなよ。…それに、桐谷も知っているだろ?ここがいつまで使えるのか」

「え…?」

「学校のプールを放課後自由に使えるのは、プールの授業が始まるその日まで…。来週からこの時間、この場所は、水泳部が使うことになる」


“教官に話したらプール開きまで放課後は自由に使っていいって。よかったな”


「!」


まさか…


その瞬間、以前、瀬戸くんに言われた言葉がとっさに頭をよぎり、わたしはハッとする。


そして衝動的に顔をあげて、瀬戸くんの目を見つめたそのとき


瀬戸くんはいつもみたいにわたしを励ましてくれるわけでも、

何か否定してくれるわけでも、ただ黙って頷きかえすだけで。


わたしは急に息が苦しくなり、体の震えが止まらなくなった。


「桐谷に水泳を教えられるのは、今日が最後。だからこそ、今日は桐谷を確かめたかった」

「……っ」


いつまでもこんな幸せが続くわけじゃない。


…本当は前から、分かっていたこと。

以前のわたしなら、気がついていたことなのに。


だけどそれはあまりにも突然訪れて、あっという間にわたしの全てを変えていったから。


儚いからこそ短く感じても…

でも確かに流れるその時間が嬉しくて、だからいつまでもずっと続くような気がして。


気がつくと、さっきまではっきりと見えていたはずの目の前のプールが、

白く滲んで見えなくなった。


「そんな……」


来週から、プールの授業が始まる。


という事はもう、わたしは瀬戸くんの傍にいられないの?


瀬戸くんと、こうして一緒にいられることはもう出来なくなるの?
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