水泳のお時間
「あいつだったんだな。桐谷さんの水着いじったの」


突然聞こえたその声に、驚いて後ろを振りかえる。

すると、そこには元水泳部の小野くんが立っていた。


その瞬間、この前の出来事が思わず頭をよぎり、

反射的に胸元をおさえ一歩後ろに引いてしまったわたしに、


小野くんはとっさに両手を軽くあげてみせたかと思うと、

ほかに他意がないことを示してみせた。


「もう何もしねーよ。それと。別に盗み聞きしようと思って聞いてたわけじゃねーから」

「……」

「俺はたまたま、部活の荷物を取りに…」


そこまで言いかけて、小野くんは横に向けていた顔を前に戻す。


そして誰もいないわたしの隣を見るなり、わざとらしく笑ってみせた。


「今日はあいつ…、瀬戸、いないんだな。珍しいじゃん」

「あ…」

「なんてな。本当は大体分かるけど。この時期は毎年水泳部の活動が盛んになる頃だからな」

「……」

「もう出来なくなんだろ?その、放課後の水泳練習ってやつを」


その言葉に、わたしの胸がズキリと痛んだ。


でも何も言えなくて、顔を俯かせて黙っていると、

少しして突然目の前の小野くんが近づいてくる。


そしてわたしの耳元に向かって、こう言った。


「なんなら俺が、頼んでやろうか?」

「え?」

「俺が水泳部のやつらに頼んでやろうか?」
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