水泳のお時間
「え…?」


思ってもいなかった小野くんの言葉に、わたしは目をひらく。


するとそんなわたしに、小野くんはこう言った。


「一週間くらい活動を遅らせるくらいなら、別に大きな支障はないだろ。あいつらもそこまでガキじゃねーだろうしな。これでも元キャプテンだし、頼んでやるよ」

「……」

「まぁ、その、この間の報いもあるしって言ったら、いまさら調子イイと思うかもしんねーけど」


そう言って、小野くんはわざとわたしから目を合わせるのを避けるように、

どこか少しあいまいに言葉をにごらせた。


だけどわたしはそんな小野くんが何を言おうとしているのか、何を伝えたがっているのか、すぐに気づいた。


小野くんが言っているのは、たぶん…この前のこと。

瀬戸くんに代わって、小野くんに水泳を教わっていたあの日…


「でもこれくらいしか、今んとこ俺が桐谷さんに出来ること思いつかねーし」


…あれから、小野くんとは話しをする機会がなくて、確かなことは分からずにいたけど、


でもそのあいだ小野くんは小野くんなりに、あの日の出来事を気にして、

考えてくれていたんだと思った。


わたしはそんな小野くんにとてもビックリして、でも何て答えればいいのか返事に迷って…。

長い間、ひとり悩み考えたあと、ふと視線を足元に移し、目を閉じる。


「……」


一週間…

小野くんにお願いして、あと一週間。


あともう一週間だけ、水泳の練習を延ばしてもらえるなら、間に合うかもしれない。

瀬戸くんに「好き」って言えるかもしれない。そう思った。


だけど、それでわたしは瀬戸くんとまた一緒にいられる?教えてもらえるの…?


その時瀬戸くんはもう一度わたしに、笑いかけてくれるのかな…


「…っ」


ふと、自分の胸の内に向かってそう問いかけてみたそのとき、

まだうっすらとそこに残る赤い印が、突然ズキリと突き刺して痛くなった気がした。


その痛みが、わたしに何度も思い出させようとする。


今もまだわたしを見えない力で押さえつけ、縛りつけて離さない瀬戸くんの、あの時の言葉が。


“約束を破ったら…許さない”
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