水泳のお時間
「小野くん、ありがとう。でも…」


しばらくして、わたしは閉じていた目を開くと、小さく声を発した。


そんなわたしに、今まで黙っていた小野くんが何か察したようにこっちを見る。


「いいのか?」

「うん…」


理由は言えずに、けれど胸は今も両手で押さえたまま、わたしはコクリとうなずく。

すると小野くんはそれ以上、何も言ってこなくて、静かな沈黙がわたしたちを包んだ。



「……桐谷さんてさ、自分の意志がないのかと思ってた」


しばらくの間、話を切り出せずにいると、少しして小野くんが口を開いた。


その言葉にわたしがエッ?と顔をあげると、

小野くんはまるでそれを言い直すように頭の後ろへ手をまわした。


「や、桐谷さん、同じクラスなのにすげー大人しいからさ。何でも思ってること言えないタイプなんだろうなって。だからちょっと強引に押してやったら簡単に折れると思ってたんだよね。実際全然だったけど」

「……」

「あれだけ俺にさんざん言われて、バカにまでされてたのに、全然めげねーんだもん。今日だってわざわざ一人で水泳の練習しにきてさ、しかもさっきのギャルまで認めさせてたし」

「あ……」

「ま、それは…俺も、なんだけど」


そう言って、小野くんはまた黙ってしまった。


…小野くんには同じようなことを、前にも言われたことがあるような気がする。


だけど本当はこうしたいとか、こうなりたいとか、

わたしなりに思っていることはたくさん…いっぱいあるんだ。


でもそれを今まで口に出して言うことが出来なかったのはたぶん、

自分の気持ちを言葉にして、否定されるのが怖いと思っていたから。


それは今も同じで、簡単には変わらないけど…

でもこんなわたしにも、これだけは譲れないと思うものが出来たんだ。


たとえ傷ついても、譲れない…揺るぎない想い。


それを気づかせてくれたのはもちろん、瀬戸くんと、そして……
< 272 / 300 >

この作品をシェア

pagetop