水泳のお時間
そのことにやっと気付くことができたその瞬間、

今までずっと心に何かつかえていたものが突然フッと軽くなったような気がして。


まだ今も息はつまって苦しいはずなのに、

でもそれさえも楽に感じられるようになれた気がして。


わたしがとっさに何か言いかけようとした時、今まで黙っていた小野くんが口を開いた。


「最初は正直、軽はずみな気持ちでちょっかい出したけど、でも今は俺、桐谷さんのこと…」

「え……?」

「や、何でもねー。今のナシ。忘れて」


その瞬間、とっさに首をかしげて目を見開いたわたしに、

小野くんはすぐに下を向いてしまったかと思うと、クシャクシャと乱暴に頭をかいた。


そして持っていた荷物を肩にかつぎ直し、わたしから背を向ける。


「じゃ、俺もう行くわ。またね桐谷さん」

「あっ…、う、うんっ」

「それからあいつ…瀬戸のやつにもよろしく伝えといてよ」


そう言って、小野くんはわたしに向かって軽く手をあげてみせたかと思うと、

水泳部の部室に向かって歩いていってしまった。


…結局、小野くんにさっきの言葉の続きは聞けないまま。


だけど、わたしが今どうしたいと思っているのか、これからどうするつもりなのか、

この時の小野くんはもう気づいているような気がした。


そんな小野くんを見送りながら、しばらくしてわたしも学校を出ると、急いで走り出す。


…もう何かにしがみついたり、頼ったりするのはやめよう。


たとえ溺れても、そこからまた泳ぎ出せるわたしになりたい。
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