水泳のお時間
その声にハッと後ろを向くと、目の前には外から帰ってきた様子の瀬戸くんが、傘を差したまま立っていた。


その瞬間、わたしの心臓がドクンと音をあげ、一気に緊張が全身に走る。


そのまま身動きが取れなくなってしまったわたしに、

目の前の瀬戸くんは少しのあいだ、驚いた様子でこっちを見ていたけれど、すぐにその目を伏せた。


あ……


「瀬戸くん、あの…っ」


次の瞬間、わたしは急いで走り出し、瀬戸くんを呼びとめていた。


だけど瀬戸くんはわたしの声に、見向きもしてくれなくて。


少しも耳を傾けてはくれずに、わたしの方へ近づいたかと思うと、その横を通りすぎた。


そのまま一言も言葉を交わすことなく、家の鍵を開け、中へ入ってしまおうとする瀬戸くんに、

後ろで茫然と立ちすくむわたしの目から、無動作に涙があふれてくる。


どうして?どうして瀬戸くん…


「…っ…」


後ろで聞こえた、ガチャリと鍵が開いた音。

同時に、家のドアも開いたような音がして、わたしは思わずギュッと目をつぶる。


いや…やだ、やだよ…。

お願い。瀬戸くん。行っちゃやだ。


行かないで…っ


「わたしは見てほしい…!」

「!」

「自分の力で泳げるようになったわたしを、誰よりも瀬戸くんに見てほしい……!!」


その瞬間、わたしはとっさに瀬戸くんの方へと振りかえり、大声で叫んでいた。


わたしの言葉に、瀬戸くんが家に入ろうとした足を止め、こっちを見る。


だけどその姿もすぐに大粒の雨と涙で見えなくなって…


わたしはきつく握りしめた手でまぶたを拭った。
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