水泳のお時間


“桐谷がこれからも一生泳げないで溺れたままだったら、俺がその分傍について見ていてあげる理由ができるのにって”



「わたしだって本当は、誰よりも瀬戸くんを頼りたい。瀬戸くんの背中を付いていきながら、ただひたすら泳いでいくことが出来たら、どんなに嬉しいだろう、どんなに安心だろうって、何度も考えたよ……」


顔は今もうつむいたまま…わたしはポツリと口をひらく。


そして今にもあふれ出しそうな涙を、ギュッと目をつぶってこらえた。


「でもそれじゃ、今までのわたしと何ひとつ変わらないから……っ」


だって一人になったらとたんに何も出来ないし…、

どうすればいいのか全然分からなくて……


今までどれだけ自分が瀬戸くんにしがみついて、頼ってきたか、改めて気づかされる。


そして瀬戸くんが思ってるよりもずっと、本当はわたしの方がいっぱい、瀬戸くんに見ててほしくて、

もっともっとたくさん教えてもらいたいって、そう思ってる。


だから、わたしがこれからもずっと泳げないでいることで、瀬戸くんと一緒にいられる理由が出来るのなら、

自分は一生泳げないままでいる方が、本当はずっと気が楽で、幸せな事なのかもしれない。


でもその度に、何度も辛いことや、高い壁にぶつかっても、

それでも逃げずに今日まで水泳の練習を続けてくることが出来たのは、少しでもこんな自分を変えたいと思ったからで…


そうしていつか瀬戸くんに、自分の力で泳げるようになったわたしを瀬戸くんに見てほしい、

認めてもらいたいって、そう思ったから…。


たとえそれを、瀬戸くんが望んでくれなかったとしても。


それでもわたしは見てほしい。


この想いは、それがたとえ瀬戸くんでも、譲れない。
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