水泳のお時間
「……わたしに好きって…そう言ってくれたことならもう…捨てて、忘れていいです……」

「……」

「でも瀬戸くんと一緒に泳いで、進んできた時間。それだけは捨てて、無かったことにして欲しくないから……っ」


だから証明したい。


この前より少しだけ成長したわたしを、そして昨日よりももっと前に進んだわたしを。


ほかの誰かじゃない。瀬戸くんに見てもらうことで。


瀬戸くんから水泳を教わってきたあの時間は夢じゃない。

確かに存在していたんだって、信じたい。



「うっうっ…ぐすっ……」


…気がつくと、この時のわたしはもう、傘を差して立つという事なんて忘れていて。


握りしめていたはずの傘はいつの間にか地面へ放り出したきり、体はすっかりびしょ濡れのまま…


両手で顔を覆い、下にしゃがみこんで泣いていたその時。


とつぜんフッと、雨が止んだような気がして。


思わず顔をあげると、今までずっと黙っていた……

遠かったはずの瀬戸くんが、傘をわたしの上に差し向けて見下ろしたまま、立っていた。
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