水泳のお時間
「瀬戸くん…」


真上に映った瀬戸くんの姿に、わたしは今もしゃがみこんだまま、大きく目を見ひらく。


そのまま動けずにいると、瀬戸くんはわたしの上に傘を差し向けて立ちながら、もう片方の手を差し出して言った。


「身体、冷えるよ」

「あ……」


瀬戸くんはそう言うと、わたしの腕を引きあげて、立たせてくれた。


そんな瀬戸くんに戸惑いつつも、わたしは雨で濡れた自分の姿に気がつき、

足元へ落としていた自分の傘を拾いあげようとする。


けれど瀬戸くんの指先は今も、わたしの腕を掴んで離れないまま…


少ししてその手を緩めたかと思うと、瀬戸くんはわたしの後ろ肩へと腕をまわし、そっと抱き寄せた。


「?!…瀬…」


ビックリして思わず目を何か言いかけようとしたわたしに、

後ろで瀬戸くんの細長い指先が動いて、髪にふれる。


そのまま頭ごと、ギュッと優しく押さえつけられてしまい、とうとうわたしは何も言えなくなってしまった。


「…今日も練習してたの?」


わたしを抱き寄せたまま、瀬戸くんがポツリとつぶやく。


その言葉に、わたしは戸惑いながらも、しばらくしてコクンとうなずいた。


すると後ろで瀬戸くんの手の力がグッと強まった気がした。


「俺、桐谷にウソついた。水泳の指導…本当はまだ、終わってないんだ」

「……」

「桐谷がひとりで泳ぎきる姿をまだ見ていないのに、この目で見る前に、今までの時間ごと、自分からわざと終わらせようとした」


気がつくと、さっきまで降り出していたはずの雨は止んでいて。


瀬戸くんは片手で持っていた傘を地面に置いて放すと、わたしを両手で包みこみながら言った。


「ウソついてごめん」

「瀬戸くん……」

「捨てるなんてウソついて、ごめん」


瀬戸くんのひとつひとつの言葉に、わたしは目の奥がジンと熱くなる。


わたしは顔を押し付けるようにして今にも溢れそうな涙を隠すと、

瀬戸くんの背中へと手を伸ばし、ギュッと服をにぎった。
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