重ねた嘘、募る思い
花音の恋

1.真麻とわたし

 
 玄関からバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
 誰だかは大体予想がついた。わかっていたからダイニングテーブルから立ち上がって席を外そうとしたその時。

「ママ! またのん、転んだんだって?」

 十二月の中旬だというのに額にうっすら汗をかき、押し迫った表情で飛び込んできたのは真麻。
 ふわふわのファーつきのモッズコートを暑苦しそうに脱いだその下は薄手のクリーム色のニットに赤主体のタータンチェックのミニスカートで甘い感じがとってもキュート。
 多分玄関でまごついていたのはブーツを脱ぐのに必死だったからのはず。

「そうなの。真麻もそんなに急いだら転ぶわよ。タイツは滑りやすいでしょ?」
「私は心配要らないって。のん、大丈夫? 見せてよ」
「大丈夫。たいしたことない」

 そう言った手前すっと立ち上がろうとしたのに、瞬時に走る右足首の痛みに顔を歪めてしまう。ポーカーフェイスは苦手だ。

「痛そうじゃない。ほら、座って」
「大丈夫だったら。もう消毒も湿布もしてるし。心配してくれてありがとう。真麻も早くごはん食べて休まないと」

 すでに時計の針は二十二時を指していた。
 真麻は今仕事から帰って来たばかりのはず。家で伯母さんにわたしが転んだことを聞いて飛んできてくれたのだろう。ありがたいけど、申し訳ない気持ちのほうが強い。
 唇を尖らせた真麻が「もう」と小さくため息を漏らす。その唇はきれいにグロスで輝いている。まつ毛もくるんと持ち上がっていて仕事帰りの疲れた人の姿ではない。
 だけど真麻はいつもそんな完璧な状態で帰ってくるし、もちろん通勤もその状態をキープしている。真麻はいつもきれい。

「じゃ、先休むね。明日も仕事だから」
「待ってよ、のん。話があるの」

 尖らせていた唇をへの字に曲げた真麻がわたしの後をついてきた。
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