重ねた嘘、募る思い
振り返ると長身で細身の男の人が後ろからわたしのスケッチブックをのぞき見していた。
慌てて自分の胸にスケッチブックを抱きかかえて隠す。
よく見るとその人は紘くんに似ているような気がした。長い前髪が目元を隠し、切れ長の細い瞼がわたしを見てニッとさらに細められる。もちろん別人だし、顔は違う。だけど雰囲気がよく似ているんだ。
おぼろげな既視感を覚えた。この人、どこかで会ったことがあるかもしれない。
startlineのライブで見た紘くんじゃなくてもっと身近なところで。だけど考えても思い出せなかった。
「字もきれいだし、プロの人?」
そう尋ねられ、首をぶんぶん横に振る。そのくらいのアクションしかできない自分が恥ずかしい。
ボブの毛先が頬にぶち当たるくらい振っていた。そんなことをしていたら自然に右のイヤホーンがはずれた。
字もきれいと言うけど目の前に見える入口の『チケット売り場』という文字しか書いていない。それだけで判断できるのだろうか。一応習字の段位は持っているけどよろこんでいいものだろうか。
「そうなんだ。君。結構長い間ここにいるよね。もしかしてフラれちゃったの?」
長い間。時計を見ると十時半を過ぎていた。
全く気がつかなかったけど、待ち合わせ時間を三十分以上も過ぎている。
「もしそうなら一緒に遊ばない?」
「え?」
「僕もフラれちゃったんだよね。ひとりでつまんないからさ」