重ねた嘘、募る思い

「そうだね……きっと、のんちゃんにもう、うつっちゃってるよね。マスクするって言ってしていないし」

 握られていないほうの手で口の周りを覆うけど、今更だろう。
 だけど、陽さんの風邪ならうつってもいいと思っているわたしがいる。恥ずかしいからそんなことは口にしないけど。

 ずいっと陽さんが少しだけわたしに顔を近づけた。
 心の奥まで見透かされそうな澄んだ黒い瞳がわずかに潤んでいるようにも見え、更に緊張が増す。
 こんなにも近づいたのは初めてで少しだけ身を引くけど、視線を背けることはかなわなかった。
 まるで見えない糸に縛りつけられているかのよう。
 どくんどくんと高鳴る鼓動がうるさいくらいで、陽さんに伝わってしまうんじゃないかと気が気じゃない。
 
 そんなに見ないで、と心の中で必死に繰り返す。

「風邪が治ったら、またデートしてね」

 ふっと緩む陽さんの表情とその言葉に、涙が出そうになった。
 また、と言われたことにきゅんとなる。
 一緒に絵を描いたあの日をデートだと思ってくれていたことがうれしくて。
 
「だめ?」
「……っ、そんなことっ」
「じゃ、いい?」

 クッと片方の口角を意地悪そうに上げて微笑みかける陽さんをわたしはどんな表情で見つめているのだろうか。知りたいような知りたくないような微妙な心境になり、言葉を見つけることができない。
 きっと茹でダコみたいに真っ赤な頬をして、情けない顔つきになっているに違いない。
 そう思ったらさらに顔が熱くなる。小さな声でなんとか「はい」とだけ返した。
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