重ねた嘘、募る思い

 いやいや何を言っているのだこの人は。
 わたしはフラれてないし、待ち合わせの相手は女だし!
 もしかしてもしかするとこれってナンパというものなのだろうか。
 ツリーの周りには女の子がひとりの姿もある。あの子達はたぶん彼氏待ちなんだろうけど、わたしに声をかけるのは間違っているだろう。もっとかわいい子に声をかければいいのに。なぜよりにもよってわたしみたいな地味子なのか。
 もしかしてわたしなら絶対に断らないだろうというもくろみなのだろうか。
 スケッチブックを抱きしめておろおろするわたしを見て、その人はまたにっこりと笑いかけてきた。

「僕、ヨウっていうんだ。太陽の陽、一文字。君は?」
「え、あ……」

 勝手に自己紹介をはじめられても困るんですが。
 肩に掛かる程度の長めのショートレイヤーで緩いくせのある髪型は紘くんを意識しているようにも見えるけど、この人によく似合っている。紘くん似を自覚していてそうしているのかもしれない。
 カーキのコートにふわふわの毛糸のマフラーはクリームに黒のボーダー。細身の黒のパンツは足の細さを強調しているし、ショートブーツは古くさいけどおしゃれに見える。
 この人をちょっと描いてみたいって思ってしまうくらいだった。
 や、わたしは人物画はほとんど描かないけど。それでもそう思わせるほどの何かをこの人は持っていた。紘くんに似た雰囲気が一番のポイントだけど。

「何ちゃん?」

 ずいっと顔を近づけられて後ずさると、正門に激突した。
 こんなふうに男の人に近づかれるのにも慣れてないし、ましてや憧れの紘くんに似すぎていてわたしの心臓はばっこんばっこんいっていた。
< 12 / 203 >

この作品をシェア

pagetop