重ねた嘘、募る思い

「鈴木さん、ギャラリーが多くてごめんなさい」
「いやいや、大丈夫。目をつぶってればわかんないよ」

 鈴木さんがこういう人で本当によかった。
 太腿の付け根に貼られたガーゼを剥がして青野先生に滅菌済みの鑷子を渡す。
 いつも通りにイソジン綿球を渡して、その後に、と頭の中でシミュレーションをした時。

「ひゃぁん!」

 ぼとっと鈴木さんの太腿にイソジン綿球を落としてしまった。
 それが冷たかったようで鈴木さんのやや女性チックな驚きの声が病室に響き、その後に沈黙が流れた。

「ご、めんなさい。鈴木さん」

 あまりにも恥ずかしかったのか鈴木さんは両手で顔を覆ってしまっていた。
 そのまま頭をふるふると横に振っている。
 それを見た青野先生とその後ろの学生達は笑いを堪えるのに必死な様子。

「冷たかったですよね。うん、傷の治りは良好ですよ」

 青野先生の声がわずかに震えているのに気づいて、声を出さずに口パクで『こらっ』と窘めると向こうも声を出さずに『悪い悪い』と返してきた。
 全く悪びれていないところが腹立つ。
 よりによって失敗したところを醍醐くんに見られるとは。
 そう思っていたのに学生達の一番後ろで笑いを堪えている醍醐くんの姿を見て胸の奥がざわめいた。

 なんで笑うの?
 いや、私が失敗したからなんだけど、それを見られたくなかったはずなのになぜかうれしさがこみ上げてきていた。
 だって醍醐くんのあんな楽しそうな顔を見たのは初めてのことだったから。

「藤城にはあとでインシデントを書いてもらおうかな」

 そんな喜びを一気に覚まさせてくれたのはなぜかうれしそうな青野先生。
 患者さんや学生達の前でそんなこと言わなくてもいいじゃないのよ。
 睨みつけてもどこ吹く風な感じでにやにやし続ける青野先生にいーっとしてやった。
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