重ねた嘘、募る思い

「高丸さん、点滴見せてくださいね」

 二号室まで早歩きで向かって入りざまにそう告げると、高丸さんのベッドサイドに立っていたのは醍醐くんだった。
 振り向きざま目を見開いて一瞬驚きの表情を見せたけど、すぐに冷静さを取り戻した醍醐くんはさすがだと思った。
 だけどその驚きって私のこと覚えてたってことなのかな。それならちょっとうれしいけど。

「点滴落ちてないんです」
「あ、ほんとですね」

 高丸さんの腕の点滴刺入部は腫れているようには見えなかったけどクレンメを全開にしても滴下してこない。
 滴下しないのであればどっちにしろ刺し直しになるだろう。
 
「高丸さん、点滴刺し直します。準備してくるからちょっと待っててくださいね。痛くないですか?」
「はい、大丈夫。痛くないです」

 ニコニコと笑みを浮かべる高丸さんは七十代の女性。
 心筋梗塞で冠動脈バイパス手術後の患者さん。経過はとても良好。人当たりもいいし、学生が受け持つにはうってつけだろう。
 醍醐くんには声をかけずそのまま病室を出て、院内PHSで電話をかける。高丸さんの受け持ちは青野先生だったはず。

「あ、藤城ですけど二号室の高丸さん、点滴落ちません」
『ありゃ。悪いけどこれから症例カンファだから刺し直し頼むわ』
「ええーっ?」
『え、だめ?』

 いや、だめってこともないんですけど……。
 多くの病院では看護師が点滴をすることなんてざらだろう。
 だけどこの病院は原則医師がすることになっている。緊急の場合はその限りではないにしても、就職して一年足らずの私はとっても経験が少ない。採血は何度もしているけど血管確保となると話は別だ。
 
 なによりそばに醍醐くんがいるじゃないか。

 点滴刺すので席を外してくださいと言うのもおかしいし……うーんうーん。


< 152 / 203 >

この作品をシェア

pagetop