重ねた嘘、募る思い
助手さんが不在だったので検査室に検体を届けて病棟に戻ったら師長に声をかけられた。
「これからエッセン(食事休憩)だったわよね。その前にちょっと……」
師長の目頭にわずかに力がこもっているような感じがしてこれはいい話ではないと即座に悟った。
ナースステーションのとなりにある小さなカンファレンスルームに促され『すぐに終わるから』と白衣のポケットから白い封筒を出して差し出された。
その封筒には『藤城真麻様』と達筆な文字で書かれている。
今までに筆文字の手紙をもらったのは後にも先にもあの人しかいない。見慣れた文字も久しぶりだなと思って受け取った。
小沼亮三さん、八十三歳の男性で私が初めてひとりで受け持ち看護師として担当させてもらった患者さん。
心筋梗塞で入院し、手術を受けた。手術自体は大変うまくいったもののなかなか体調がよくならずベッド上安静が長かったから歩行に支障が出てしまい、退院後も受診とリハビリに当院へ通っている。
入院中はリハビリも意欲的ではなくさぼりがちだったものの、一緒にリハビリ室へ通ったり歌が好きな小沼さんがよく聞く曲を奥様に教えてもらい、覚えて病室で歌ったりしているうちに心を開いてくれるようになった。
私にとっては思い出深い患者さんナンバーワンで大好きな人だ。
「小沼さん、三週間前にお亡くなりになったそうよ」