重ねた嘘、募る思い
ハンカチを出そうと白衣のポケットに手を入れるとさっきもらった封筒が指先に触れる。
それをそっと取り出して中を見る、と。
――今までありがとう。お世話になりました
やっぱり達筆な文字でそう書かれているのがなぜかおかしくて。
いつもは受診のついでに便せん三枚くらいびっしり書き綴った手紙を預けて帰って行かれていたのに。
リハビリの経過や趣味の歌のこと、今は私に聞かせるために若手の歌手の歌も勉強していると教えてくれた。
もしかしたら小沼さんは自分の死期を薄々感じ取っていたのかもしれない。この手紙を見たらそうとしか思えなくて余計に泣きたくなった。
ガッツポーズをして『頑張るぞ!』と意気込んで退院された小沼さん。
まだ半年しか経ってない。それなのに――
どうしよう、泣いてはいけない。
午後も仕事がある。泣いた顔は意外とバレるものだ。
なぜそう思っているのに泣きたくなるんだろうか。堪えていた感情がじわじわと身体の奥の方からこみ上げてきてあふれ出す。
ここに来ると泣きたくなるのわかっていたのについ足を向けてしまっていた。
新人の頃、先輩に注意された時や失敗した時もよくここで泣いていたのを思い出してさらに目が潤み始める。
鼻の奥がつーんとして喉元から嗚咽が漏れ出す。もう止められない。
せめて大きい泣き声をあげないよう、両手でしっかりと口を押さえる。
「午後は心カテの見学とカンファが何時からだっけ」