重ねた嘘、募る思い
「あ、バレちゃった」
ニカッと得意げに笑うその表情が妙にさわやかだった。
見間違いかと思って何度も目を瞬かせているとおかしかったようで陽さんが困惑の笑みに変わる。
その胸元にぶら下がっているネームプレートには一階にあるカフェの店名、そして小鳥遊陽と印字されたその上にローマ字書きで『YO TAKANASHI』と記されている。
「なーにニマニマしてるの? 思い出し笑い? やーらし」
「ちっ、ちがっ……」
決して陽さんのことを思い出して笑っていたわけじゃないってことを伝えたかったのに、驚きのあまりうまく言葉になってくれない。
それにここで大声で騒いだら周りに陽さんと知り合いだということがばれてしまう。
慌てて口をつぐむと陽さんの目がさらに細められ、その瞬きでうなずいて見せられた。
まさか、そんな。
一階のカフェの店員だったなんて。同じビルの中で働いていただなんて全く知らなかった。
初めて逢った時の既視感はあながち間違いではなかったのだろう。もしかして社内ですれ違ったりしていたのかもしれない。こんなにも身近なひとだったとは。
……だから電話番号を変えても無駄ということ。不本意ながらもようやく今、あの言葉の意味がわかってしまった。
陽さんが颯爽と去って行った後、オフィスは一時騒然となった。
「今の店員さん、startlineの宮内紘基に激似じゃない? 超タイプなんですけど!」
「やっぱり? 私も私も!」
「人事課の子から紘に似た店員が配達してくれるって聞いてたんだけどあんなに似てると思わなかった!」
いつもよりワントーン高い声でキャイキャイ騒ぎ出す先輩達。
陽さんは人事課では有名なんだ。そして先輩達が紘くんを好きだったとは知らなかった。
このフロアでも陽さんは人気者になりそう。そうなると電話注文する機会が増えてこうして接することも多くなるような……いやな予感しかしない。