重ねた嘘、募る思い
 
  昨日は散々だった。
 通勤ラッシュはいつもの事なんだけど、たまたま扉を背にして乗ってしまっていた。いつもならちゃんと扉の方を向いて乗るのに。
 次の停車駅は背中を向けている方の扉が開くことはわかっていた。
 電車の停止と同時に向き直ろうと思っていた。だけど強引に降りようとした人に後ろ向きのまま押し出され、電車とホームの間の隙間に足を取られて豪快に尻もちをついてしまった。
 反射神経がよければそれでも転ぶことはなかったのかもしれない。だけどわたしはものすごく鈍い。そのことはきちんと自覚している。

 ついた手もお尻も巻き込まれた足も痛かったし、恥ずかしさのあまりに涙が滲んだ。
 人に囲まれているのがわかる。しかも邪魔そうに尻もち状態のわたしの横をすり抜けていくたくさんの人の足。人の波に押し寄せられ、飲み込まれる感覚に襲われた。
 消えてしまいたかった。だけどずっとこうしてもいられない。
 何とか立ち上がらなきゃと思った時、いきなり右腕を強い力で掴まれて立ち上がらされた。
 
「あっ……ありがとう、ござ……」

 何とかお礼を言おうと思って俯きながらさらに頭を下げた。
 だけどその人の姿を確認することはできなかった。再び押されて乗り込むと何事もなかったように電車は動き出す。足はズキズキと拍動するような痛みを訴えていた。

 助けてくれたたったひとりの人にお礼も伝えられないなんて。余計に自己嫌悪に陥ったんだ。
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