重ねた嘘、募る思い
 
 徐々に人が増えてきているなと感じてはいたけど、時間がどのくらい経っているのかは全く把握していなかった。
 再び手が冷えてきたなと思った時、わたしのおなかの虫が鳴いた。
 わたしは音楽を聴いていたから音は聞こえなかったけど、もしかして……。
 ちらっと左隣の陽さんに視線を向けると、くっくっと笑いをかみ殺してスケッチブックで顔を隠し、肩を小さく震わせていた。わーん! きっと大きな音が鳴ってたんだ。恥ずかしい……穴があったら入りたい。

「もういい時間だもんね、ほら」
「えっ!? うそっ?」

 向けられたごつい腕時計が示している針を見ると、すでに十三時半を過ぎていた。
 そりゃおなかもすくはずだ。朝は弁当のおかずを軽く摘んだだけだったし。
 トートバッグから弁当箱を取り出し、ひとつ陽さんに渡すと「分けてあるんだ」となぜか少し残念そうに言われた。
 当たり前でしょうに! 恋人同士だったらまだしも、友達でもなんでもないのにひとつの弁当箱からつつきあえますかって言いたくなるのを必死に堪えた。

 一緒にウエットティッシュを渡すと「準備いいね」と言われて少しうれしかったけど、こういう時の必需品だから常に鞄に入っているだけだし、曖昧に首を傾げておくだけにした。
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