婚約者の憂鬱
ジェラルドたちは、兵舎近くにある厩舎へと向かった。
「来たか」
ぼそりと呟いたのは、ラファール・デュノア・ド・ユベール。王宮騎士団第二分隊の隊長を務めている。
寡黙で真面目。ジェラルドとは正反対の性格をしているが、幼い頃からの大親友だ。
昨夜、ロートレックでの帰り道で、介抱してくれたのも彼らしい。
迷惑をかけた分、話づらい。ジェラルドが、どう切り出そうか迷っていると、
「ほら」
ラファールが、ずいと手をつき出してくる。
ジェラルドは目を剥いた。
彼の手には、『紅灼竜の牙』が握られていたのだ。
「何で……」
「これを取りに来たんだろう? 昨日、おまえが『俺の身ぐるみ剥がされても、これだけは失くす訳にはいかん』とか言って、俺に押しつけてきたのを忘れたのか」
不思議そうに首を傾げる親友に、ジェラルドは何も言えなくなった。
『紅灼竜の牙』は、盗まれたのではなく自分でラファールに預けていたのだ。
どうやら酔っ払っていても、それくらいの分別はついていたらしい。