婚約者の憂鬱
王都にあるレオ宮。
大聖堂の鐘が響くロングギャラリーには、ふたりの青年しかいなかった。
ひとりは、黒衣の司祭。
黒髪黒目に、陶磁のように白い肌。
整った顔立ちからは何の表情は読み取れず、チェス盤の駒をわずかに動かした。
「チェックメイト」
「あ」
向かいに座る青年が、鳶色の瞳を丸くする。
少し伸びた茶褐色の髪を掻きむしり、「ぐわーッ」と叫んだ。
「どうしてくれんの、カイン。今月めっちゃ厳しいじゃん」
人懐こそうな青年騎士だった。
カインと呼ばれた司祭と負けず劣らずの美形だが、ころころと変わる表情に愛嬌がある。
「人が金欠だって言ってるのに、勝負をふっかけてくるからですよ。ハーベスト卿」
鼻で笑ったカインが、チェス盤の脇に置かれた革袋を引き寄せる。
中身を確認したところで、何者かが扉から転がり込んできた。
「カイン! アレックス!」
紅蓮の髪に、青磁の瞳。
王宮騎士ジェラルド・ゼファー・オリフィスが大声を張り上げた。
現れた親友の姿に、アレックスの表情がパッと綻ぶ。