婚約者の憂鬱
夜の風に、蝋燭の炎が揺れた。
「ちょっと待て」
ジェラルドが頬杖をついたまま、眉間に皺を寄せる。
宮殿にある東側の塔。
石段に腰かけ、アレックスに尋ねた。
「聞こえるのは、男の声なんだろ? その話じゃ、声の主はお姫さんになっちまう」
「えー、そこまでは知らないよー」
問われた悪友は、無責任に投げ出した。
彼は、幽霊騒動の元になった事件を教えてくれたのだ。
「少なくとも、侍女さんたちはそう信じてるよ。この噂は、今年の春以前からもあったらしいし」
昼間、アレックスが図書館で娘たちと話をしていたのも、その噂を仕入れてきたらしい。
抜け目のない男である。
「あ。それとも、殺されちゃった騎士さんの方?」
「……こりゃ、時間がかかりそうだな」
はたと気づく親友を見つめながら、ジェラルドは嘆息する。
ひょっとしたら、本当にアニスから厄介事を押しつけられたかもしれない。
「そうでもないですよ」
少し離れた場所から、パタンと何かを閉じる音がする。
ジェラルドが横目で見れば、黒衣の司祭が脚を組んで座っている。