音の生まれる場所
週が明けた月曜日、いつものように部署のドアを開けると、立ち込めた煙の中、校了を終えた編集者たちが、まるで遺体のようにデスクにうつ伏せていた。
新入社員としてここに配属されたばかりの頃、この光景を見て、直ぐにでも辞めようと思ったものだったけれど…。
(二年も経つと慣れちゃったな…)
給湯室の換気扇を回し、窓を透かす。
空気の入れ替えをしながらポットの湯を沸かし、掃除をしている所へ編集長が印刷会社から戻って来た。
「おはようございます」
湯呑みにお茶を入れデスクに運んだ。
「お疲れさん」
軽く挨拶され、思い出したように聞かれた。
「小沢くん…君…今週の土曜日、暇?」
「えっ…?」
思いがけない質問に少し戸惑った。
驚いた表情をしたまま、四十代後半だろうと思われる編集長の顔を見た。
「いや、実はヒロが、取材先からこれを頂いてね…」
引き出しから取り出す紙切れ。何かのチケットのようだ。
「県の公認する吹奏楽団の公演チケットなんだけど、行く者がいなくてね。君、良かったら行ってみない?二枚あるから彼氏とでも」
スッと目の前に差し出される。
吹奏楽団という文字と言葉に、一瞬顔が引きつった。
「わ、私……すみません…こういう音楽ってどうも苦手で…」
適当な理由を言って断ろうとした。
そこへ、原稿を片手に三浦さんがやって来た。
「おはようございます。編集長」
チャンスとばかりに前を譲る。
「あれ?…これ、この間取材した坂本さんがくれたチケットですよね⁈ 」
目のつく所に置いてあったチケットを指差した。
(坂本さん…?)
聞き覚えのある名前に頭をひねった。
「ほら、あの記事の人だよ。トランペット職人の見習いの…」
「ああ…(あの人ね…)」
真剣に金属楽器と向かい合っていた写真の横顔を思い浮かべた。
「自分が所属してる吹奏楽団のコンサートがあるから是非に…と、チケットを渡されたのはいいんだけど、うちは花音も生まれて間もないし、時間的余裕も無くてね…」
誰でもいいからあげて欲しい…と編集長に頼んだそうだ。
「だから今、小沢くんに行かないかと勧めてた所だよ」
言葉を聞き、三浦さんまでもが促す。
「行って来たらいいよ。県下でも幅広く活動してるし、有名らしいよ」
「紙面作りにも協力してもらったから、挨拶ついでに顔を出して来てくれると助かるな。差し入れでも持って…あっ、差し入れ代は総務に出させるから」
強引な二人を前に困惑する。でも、行きたくありません…など、社会人として言える筈もなく…
「分かりました…行ってきます…」
渋々チケットを受け取った。薄っぺらい二枚の紙きれは、まるで鉛のようにズシッと重く感じた…。
新入社員としてここに配属されたばかりの頃、この光景を見て、直ぐにでも辞めようと思ったものだったけれど…。
(二年も経つと慣れちゃったな…)
給湯室の換気扇を回し、窓を透かす。
空気の入れ替えをしながらポットの湯を沸かし、掃除をしている所へ編集長が印刷会社から戻って来た。
「おはようございます」
湯呑みにお茶を入れデスクに運んだ。
「お疲れさん」
軽く挨拶され、思い出したように聞かれた。
「小沢くん…君…今週の土曜日、暇?」
「えっ…?」
思いがけない質問に少し戸惑った。
驚いた表情をしたまま、四十代後半だろうと思われる編集長の顔を見た。
「いや、実はヒロが、取材先からこれを頂いてね…」
引き出しから取り出す紙切れ。何かのチケットのようだ。
「県の公認する吹奏楽団の公演チケットなんだけど、行く者がいなくてね。君、良かったら行ってみない?二枚あるから彼氏とでも」
スッと目の前に差し出される。
吹奏楽団という文字と言葉に、一瞬顔が引きつった。
「わ、私……すみません…こういう音楽ってどうも苦手で…」
適当な理由を言って断ろうとした。
そこへ、原稿を片手に三浦さんがやって来た。
「おはようございます。編集長」
チャンスとばかりに前を譲る。
「あれ?…これ、この間取材した坂本さんがくれたチケットですよね⁈ 」
目のつく所に置いてあったチケットを指差した。
(坂本さん…?)
聞き覚えのある名前に頭をひねった。
「ほら、あの記事の人だよ。トランペット職人の見習いの…」
「ああ…(あの人ね…)」
真剣に金属楽器と向かい合っていた写真の横顔を思い浮かべた。
「自分が所属してる吹奏楽団のコンサートがあるから是非に…と、チケットを渡されたのはいいんだけど、うちは花音も生まれて間もないし、時間的余裕も無くてね…」
誰でもいいからあげて欲しい…と編集長に頼んだそうだ。
「だから今、小沢くんに行かないかと勧めてた所だよ」
言葉を聞き、三浦さんまでもが促す。
「行って来たらいいよ。県下でも幅広く活動してるし、有名らしいよ」
「紙面作りにも協力してもらったから、挨拶ついでに顔を出して来てくれると助かるな。差し入れでも持って…あっ、差し入れ代は総務に出させるから」
強引な二人を前に困惑する。でも、行きたくありません…など、社会人として言える筈もなく…
「分かりました…行ってきます…」
渋々チケットを受け取った。薄っぺらい二枚の紙きれは、まるで鉛のようにズシッと重く感じた…。