音の生まれる場所
客席について演奏が始まるまでの間、私の頭の中では、九年前のことが蘇っていた…。



「とっぱなから音外さないようにしねーとな…」

緊張しきってる朔が、武者震いを起こした。

「大丈夫よ朔!いつものようにやれば!」
「そうそう。あれだけ練習してきたんだから!」
「お前なら出来るって!」
「信じてるよ、朔」

仲間達の言葉に勇気づけられた朔の顔が、幾らか緩んだ…。

「そうだよな。皆で頑張ってきたんだもんな」

五人で円陣を組む。これまで何度も組んできたけど、今日はいつもより特別。
絶対金賞を獲るんだって、皆、胸に誓ってきたから。

「獲るぞ!金賞!GOLD‼︎ 」
「オーッ‼︎ 」

空に突き上げた拳。
その誓い通り、私達は金賞を受賞したーーー。




「懐かしいね…」

夏芽の声に目を開けた。

「あの時も…この県の大ホールだったね…」

天井のスポットライトが眩しい。少し目を細めた。

「あの頃は子供だったから、緊張もハンパなかったよね」

思い出しながら話す夏芽の言葉に小さく頷いた。

「私、曲が始まる前、すごく手が震えたの、今でも憶えてる」

「私も…フルート握ってる手がすごく汗かいてたの、憶えてるよ…」

中学生活最後のコンクール、仲間達と参加できる最後の演奏会だった。


「朔が…」

言いかけて止めた夏芽に、いいよ…と促した。

「…朔が…一番最初の音を外さずに出した時、ホッと肩の力が抜けた…」
「私も…おかげで落ち着いて演奏できた…」

私と夏芽だけじゃない。シンヤもハルも、あの時同じことを言っていた…。

「あの時の私達の演奏、最高だったよね⁈ 」

背もたれから身体を起こした夏芽が、中学時代のような顔でこっちを向いた。

「うん…間違いなく最高だったよ」

凭れたまま、顔だけを夏芽に向けた。

あれから九年…
今ここにいないのは朔だけ……

遠くに見えるステージ。
あのガランとした空間のどこにも朔は見当たらない。
蘇るのは思い出だけ。時は…遡らない…。


……私は…朔がここへ呼んでくれたような気がしていた。
たまたま偶然が重なっただけなのかもしれないけど、九年前と同じ場所で、同じ曲を演奏する日に居合わせたことを不思議に思っていた。
縁だと言ったシンヤの言葉通り、今夜のことは朔のいたずら…?それとも、前を向けっていう仕打ち…?

どちらとも取れるこの瞬間を、手を握り締めたまま受け入れた…。


定演開始にブザーが鳴る。

七年ぶりに触れるブラスの世界。
緊張のあまり頭がぼぅっとして、客席の空気も、会場の空気も、どこかフワフワして落ち着かない。
そんな…気がしていた…。

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