音の生まれる場所
全部の曲が演奏し終わり、客席からアンコールがかかった。
中でも坂本さんの人気は絶大で、個別に名前が上がる程だった。
困った様な顔をしている彼を、指揮者が立たせる。
そのまま、ソロで曲を吹き始めた。

(この曲は……)

『千の風になって』

亡くなった人を偲ぶにはもってこいの曲。
でも、坂本さんの語りは違ってた。

大切な誰かに話しかけている様な感じ。
すぐ隣に彼がいて、包み込んでくれてるみたいな感じ。
風なんかじゃなく、温かい空気のような存在感。
吹いて飛ばされそうにない、力強さがある。


こんな語りは聞いたことがない。
こんなふうに…支えられたことはない。
不思議だけど温かい。
優しいけど…力がある。

この人の語りは…他の誰にも真似できない気がする。
だから、余計に感動する…。


音に混じって、朔の声が届くような気がした。

「自由に生きろ」と言われているような気がした…。


「真由…風のように自由に生きていい。お前の命はお前のもの。オレに預けなくてもいいんだ…」


解き放たれるように前を見た。
楽器を使い、語り続ける彼の顔を見た。

『音は奏でるものじゃない。言葉と同じ語るもの…』

いつか読んだ誌面の一文。
あの言葉の意味の大きさを、私は今、改めて思い知ったーーー。




ロビーは、沢山の人でごった返していた。
その中を、私は夏芽に支えられながら歩いてた。
出入り口の付近に並ぶ楽団員達。お客様一人一人にお礼を言っている。
そこに、シンヤとハルの姿もあった。

「…聞けたのか?」

私達に気がついて二人が寄って来た。

「うん…真由、頑張ったよ…」

夏芽がギュッと抱いてくれる。その力強さにも「生」を感じた。

「真由子、大丈夫か?」

優等生のシンヤが心配してくれる。その顔を見て応えた。

「少しぼぅっとするけど…大丈夫。泣き過ぎただけだから…」

ハンドタオルで目を隠す。心は潤ったけど、目は渇き過ぎて痛かった。

「ホント、ウサギみたいな目になってら!」

いつもの調子でハルがからかう。それを止めるのが夏芽。

「ハル、ストレート過ぎ!」

代わりに文句を言ってくれる。
二人のやり取りが、さっきよりもハッキリと胸に届く。

私の大事な仲間達。これまでいろいろと…心配ばかりかけてきた…。

「皆…ごめんね。私、やっと生き直せそうだから…」

三人の視線が集まる。それに向かってこう告げた。

「三人とも大好き。今もこれからも、ずっと…」

「真由…」
「何ってんだよ、今更改まって!」
「僕らも大好きに決まってるよ。真由子」

四人で手を握り合った。ここに朔はいない。でも、きっとすぐ側にいる…。

「…取り込み中か?」

ごった返す観客をかき分けて来る人がいる。

「もっさん!」
「取り込んでません!どうぞどうぞ!」

二人の態度が急に変わる。でも、それも分かる。この人は、本当に素晴らしい演奏家だ。

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