音の生まれる場所
午後三時、三浦さんの書いてくれた地図と住所を頼りに訪れた楽器工房。
外見は白いプレハブのような感じで、工房というより工場みたい。
でも中に一歩足を踏み入れると、漂ってくる木の香り。床や天井、壁までもが全て木材で設えてある。
(気持ちいい環境…)
こんな中で作られている楽器。生まれてくる音。それらが全て、あの演奏に繋がっている…。
「少しお待ち下さい」
工房の経営者の奥さんが、事務所らしき部屋に通してくれる。
応接セットの椅子に腰かけ、どことなく緊張している自分。
あの日の涙を笑われたらどうしようかと、少しハラハラしていた。
「すみません、お待たせして」
男性の声に振り向く。
今日の格好はスーツじゃない。
頭に被ってる帽子、工房の名前が入った上着。
顔は王子系なのに、やっぱり演奏家には見えない。
「こんにちは。土曜日は素敵な演奏を聴かせて頂まして、ありがとうございました」
立ち上がってお礼を言う。
まともに顔が見れないのは、泣き顔を知られているから。
「こちらこそ。あんなに感動してくれた人を見たのは初めてでした」
照れくさくなる言葉。そして改めて雑誌を広げた。
「三浦からゲラを預かって参りました。記事を確認して頂き、訂正箇所や追加箇所がありましたら仰って下さいとのことでした」
ボールペンとメモ帳を取り出す。
「どうぞ、ご一読下さい」
雑誌を差し向ける。坂本さんはテーブルに置かれた状態のまま、前かがみになり読み始めた。
写真を入れてもわずか二ページ。その隅々までを真剣な表情で見つめていた。
(この人…面白いくらい一生懸命だ…)
原稿の中にも書かれている、夢を諦めたくないという言葉。
些細なことにもこれだけ真剣になれる人だからこそ、そういう思いも人より強いのかもしれない。
「訂正とか追加とか、特にないんですけど…」
読み終えた顔がなんだか赤い。もしかして少し照れてる?
「自分の言った言葉が活字になるって、こそばゆいですね…こんなカッコいい事言ったかな…」
素直な感想。これを聞いたら三浦さんが喜ぶに違いない。
「ではこのまま本刷りしてもよろしいですか?お写真とか、載せて困るようなものは写ってないですか?」
そのセリフに再び誌面を見る。
「…あるとしたら…」
指が出てきた。一ページの冒頭写真、そこで止まった。
「このアップくらいかな」
「えっ?どうしてですか?こんなによく撮れているのに…」
王子様的な印象ではないけれど、真剣な顔をしている。それだけで十分、読者の目を引くと思う。
「いや、なんか照れますよ。自分の顔のアップは…」
「そうですか⁉︎ いいと思いますよ。…この感じ…」
本人の意向は大事にしたいけど、これはこのままにしておきたい。そう思える程いい顔をしてる。
「変じゃないですか?」
自信無さそう。演奏に関しては、あれ程自信に満ち溢れているのに。
「ちっとも変なんかじゃありません!太鼓判押します!」
明るく言う。私もこの人から勇気を貰ったから。
「…じゃあ、このままでいいです。他は全部大丈夫です」
半ば諦めた感がある。ちょっと強引だったかも。
「では、訂正も追加も無しということで三浦には伝えておきます。お時間頂きまして、ありがとうございました」
ゲラをバッグにしまって立ち上がる。
アッサリ済んでしまった用事。なんだか少し残念。
「…失礼しま…」
「あっ、そうだ、小沢さん!」
「はっ⁈ 」
不意に名前を呼ばれ視線を上げる。目の前にいる王子様みたいな顔の坂本さんが微笑んだ。
「折角だから工房の方も見て行きませんか?急ぎますか?」
「いえ…ちっとも…」
電話番に掃除番、簡単な事務仕事。焦ってやる事など私にはない。
「だったらどうぞ。こっちです」
先導してくれる。後からついて行く私。さっきまでの緊張感はどこかへ行ってしまっていた。
外見は白いプレハブのような感じで、工房というより工場みたい。
でも中に一歩足を踏み入れると、漂ってくる木の香り。床や天井、壁までもが全て木材で設えてある。
(気持ちいい環境…)
こんな中で作られている楽器。生まれてくる音。それらが全て、あの演奏に繋がっている…。
「少しお待ち下さい」
工房の経営者の奥さんが、事務所らしき部屋に通してくれる。
応接セットの椅子に腰かけ、どことなく緊張している自分。
あの日の涙を笑われたらどうしようかと、少しハラハラしていた。
「すみません、お待たせして」
男性の声に振り向く。
今日の格好はスーツじゃない。
頭に被ってる帽子、工房の名前が入った上着。
顔は王子系なのに、やっぱり演奏家には見えない。
「こんにちは。土曜日は素敵な演奏を聴かせて頂まして、ありがとうございました」
立ち上がってお礼を言う。
まともに顔が見れないのは、泣き顔を知られているから。
「こちらこそ。あんなに感動してくれた人を見たのは初めてでした」
照れくさくなる言葉。そして改めて雑誌を広げた。
「三浦からゲラを預かって参りました。記事を確認して頂き、訂正箇所や追加箇所がありましたら仰って下さいとのことでした」
ボールペンとメモ帳を取り出す。
「どうぞ、ご一読下さい」
雑誌を差し向ける。坂本さんはテーブルに置かれた状態のまま、前かがみになり読み始めた。
写真を入れてもわずか二ページ。その隅々までを真剣な表情で見つめていた。
(この人…面白いくらい一生懸命だ…)
原稿の中にも書かれている、夢を諦めたくないという言葉。
些細なことにもこれだけ真剣になれる人だからこそ、そういう思いも人より強いのかもしれない。
「訂正とか追加とか、特にないんですけど…」
読み終えた顔がなんだか赤い。もしかして少し照れてる?
「自分の言った言葉が活字になるって、こそばゆいですね…こんなカッコいい事言ったかな…」
素直な感想。これを聞いたら三浦さんが喜ぶに違いない。
「ではこのまま本刷りしてもよろしいですか?お写真とか、載せて困るようなものは写ってないですか?」
そのセリフに再び誌面を見る。
「…あるとしたら…」
指が出てきた。一ページの冒頭写真、そこで止まった。
「このアップくらいかな」
「えっ?どうしてですか?こんなによく撮れているのに…」
王子様的な印象ではないけれど、真剣な顔をしている。それだけで十分、読者の目を引くと思う。
「いや、なんか照れますよ。自分の顔のアップは…」
「そうですか⁉︎ いいと思いますよ。…この感じ…」
本人の意向は大事にしたいけど、これはこのままにしておきたい。そう思える程いい顔をしてる。
「変じゃないですか?」
自信無さそう。演奏に関しては、あれ程自信に満ち溢れているのに。
「ちっとも変なんかじゃありません!太鼓判押します!」
明るく言う。私もこの人から勇気を貰ったから。
「…じゃあ、このままでいいです。他は全部大丈夫です」
半ば諦めた感がある。ちょっと強引だったかも。
「では、訂正も追加も無しということで三浦には伝えておきます。お時間頂きまして、ありがとうございました」
ゲラをバッグにしまって立ち上がる。
アッサリ済んでしまった用事。なんだか少し残念。
「…失礼しま…」
「あっ、そうだ、小沢さん!」
「はっ⁈ 」
不意に名前を呼ばれ視線を上げる。目の前にいる王子様みたいな顔の坂本さんが微笑んだ。
「折角だから工房の方も見て行きませんか?急ぎますか?」
「いえ…ちっとも…」
電話番に掃除番、簡単な事務仕事。焦ってやる事など私にはない。
「だったらどうぞ。こっちです」
先導してくれる。後からついて行く私。さっきまでの緊張感はどこかへ行ってしまっていた。