音の生まれる場所
キィ…と分厚いガラスのドアを開ける。
さっきまでの雰囲気とはまた違う。
コンクリートに覆われた部屋。そこにはいろんな機材が置かれてある…。
「バーナーとか研磨する機械とかあるから気をつけて下さい」
注意事項。はい…と了承する。
「この工房ではトランペットの修理や組み立てを主にしています…」
記事にも書かれてあった仕事内容の説明。楽器工房というのは、全国でも珍しいらしい。
「僕の師匠は頑固者で、仕事を選り好みするんです。でも、いい楽器ばかり相手にしますよ」
国内生産された楽器は、全てそのメーカーが所有する工場で修理されたり、組み立てられたりする。
だからここへ持って来られるのは、大抵が外国製。そのどれもが、とても高価。
「そう聞くと扱いも慎重になりますね」
その辺に置かれている部品の一つ一つ、そんな簡単に触れられない気がしてきた。
「僕もこの会社に入って、一年近くは殆ど触らせて貰えなかったですよ。自分の楽器以外はね」
部屋の隅にあるケースを指差す。
「土曜日に吹かれていたペットですか?」
ペットというのはトランペットの略称。吹部時代から使っていた用語の一つ。
「そう。あれはね、僕の師匠でもあるここの経営者が作ったやつなんです。いい音色だったでしょ」
「はい…とてもステキでした。どのラッパよりも音が鮮明で深みがあって…」
思い出す感動。ジーン…と胸が熱くなる。
「音大時代に手に入れたんです。初めて吹いた時、ホントにペットの音なのかと思うような感動を受けました」
「あ、それ、私も感じました!音と言うより声に近い気がして…」
語ると言った坂本さんの言葉が蘇った。その言葉通りの演奏だった。
「不思議な感じで…まるで朔が……」
つい名前を出してしまい、口ごもった。調子に乗って喋るからだと背を向けて反省した。
「…亡くなった彼氏?」
後ろから聞かれ頷いた。
「…七年ぶりにブラスを聞いたって言ってたね…いくつで亡くなられたんですか?」
聞いてもいいか伺うような感じ。
元は過ぎた一言から始まっているんだから、話さないのもなんか変…。
「17の時に…骨肉腫っていう病気で…」
今でも思い出すあの最後の日。
白い病室に一人残った朔のことを考えると、ギュッと胸が痛くなる…。
「入院した時には手遅れで…あっという間にあの世に逝ってしまって…」
トランペットを吹くのが、誰よりも好きだった朔。
楽器を大切にするあまり、いつも最後まで音楽室に残っていた…。
「朔が死んでからずっと…ブラスの音を聞くのが怖くて…」
毎日、部活の始まる時間よりも早く下校していた。文化祭や体育祭も、音が怖くて出席できなかった…。
「七年間…彼のことを忘れなきゃ…と何度も思ったんです。でも…そうすると逆に思いが募って…。私が朔のことを忘れてしまったら、彼に申し訳ないような気がして…。もうこの世にいないんだから言ってくれる筈もないのに、向こうからの「さよなら」ばかりを期待してました…」
自分から断ち切る勇気などなかった。朔がいなくなった現実を、見て見ないふりをしていた…。
「坂本さんの語りを聞いてたら…朔の声みたいなのが聞こえてきて…」
振り向いた私を見ている。その瞳がキレイだった…。
「風のように自由に生きろって…自分に命を預けるな…って言われた気がしました…」
千の風になったのは朔じゃなかった。彼は今でもずっと、音の世界で生き続けている…。
「初めてでした…あんな深い感動を受けたの…嬉しかった…本当にありがとうございます…」
語ります…と言った彼の言葉通りだった。
あの言葉かけがなかったら、きっとあの時、残っていなかった。
だから感謝している。それを伝えたかった。
さっきまでの雰囲気とはまた違う。
コンクリートに覆われた部屋。そこにはいろんな機材が置かれてある…。
「バーナーとか研磨する機械とかあるから気をつけて下さい」
注意事項。はい…と了承する。
「この工房ではトランペットの修理や組み立てを主にしています…」
記事にも書かれてあった仕事内容の説明。楽器工房というのは、全国でも珍しいらしい。
「僕の師匠は頑固者で、仕事を選り好みするんです。でも、いい楽器ばかり相手にしますよ」
国内生産された楽器は、全てそのメーカーが所有する工場で修理されたり、組み立てられたりする。
だからここへ持って来られるのは、大抵が外国製。そのどれもが、とても高価。
「そう聞くと扱いも慎重になりますね」
その辺に置かれている部品の一つ一つ、そんな簡単に触れられない気がしてきた。
「僕もこの会社に入って、一年近くは殆ど触らせて貰えなかったですよ。自分の楽器以外はね」
部屋の隅にあるケースを指差す。
「土曜日に吹かれていたペットですか?」
ペットというのはトランペットの略称。吹部時代から使っていた用語の一つ。
「そう。あれはね、僕の師匠でもあるここの経営者が作ったやつなんです。いい音色だったでしょ」
「はい…とてもステキでした。どのラッパよりも音が鮮明で深みがあって…」
思い出す感動。ジーン…と胸が熱くなる。
「音大時代に手に入れたんです。初めて吹いた時、ホントにペットの音なのかと思うような感動を受けました」
「あ、それ、私も感じました!音と言うより声に近い気がして…」
語ると言った坂本さんの言葉が蘇った。その言葉通りの演奏だった。
「不思議な感じで…まるで朔が……」
つい名前を出してしまい、口ごもった。調子に乗って喋るからだと背を向けて反省した。
「…亡くなった彼氏?」
後ろから聞かれ頷いた。
「…七年ぶりにブラスを聞いたって言ってたね…いくつで亡くなられたんですか?」
聞いてもいいか伺うような感じ。
元は過ぎた一言から始まっているんだから、話さないのもなんか変…。
「17の時に…骨肉腫っていう病気で…」
今でも思い出すあの最後の日。
白い病室に一人残った朔のことを考えると、ギュッと胸が痛くなる…。
「入院した時には手遅れで…あっという間にあの世に逝ってしまって…」
トランペットを吹くのが、誰よりも好きだった朔。
楽器を大切にするあまり、いつも最後まで音楽室に残っていた…。
「朔が死んでからずっと…ブラスの音を聞くのが怖くて…」
毎日、部活の始まる時間よりも早く下校していた。文化祭や体育祭も、音が怖くて出席できなかった…。
「七年間…彼のことを忘れなきゃ…と何度も思ったんです。でも…そうすると逆に思いが募って…。私が朔のことを忘れてしまったら、彼に申し訳ないような気がして…。もうこの世にいないんだから言ってくれる筈もないのに、向こうからの「さよなら」ばかりを期待してました…」
自分から断ち切る勇気などなかった。朔がいなくなった現実を、見て見ないふりをしていた…。
「坂本さんの語りを聞いてたら…朔の声みたいなのが聞こえてきて…」
振り向いた私を見ている。その瞳がキレイだった…。
「風のように自由に生きろって…自分に命を預けるな…って言われた気がしました…」
千の風になったのは朔じゃなかった。彼は今でもずっと、音の世界で生き続けている…。
「初めてでした…あんな深い感動を受けたの…嬉しかった…本当にありがとうございます…」
語ります…と言った彼の言葉通りだった。
あの言葉かけがなかったら、きっとあの時、残っていなかった。
だから感謝している。それを伝えたかった。