音の生まれる場所
「僕は何もしてないと思うけど、小沢さんが音を取り戻すきっかけになったのなら良かった…演奏家冥利につきます…」

照れた顔はどことなく可愛く思えた。
その後は朔の話をすることもなく、坂本さんは楽器作りについて、いろいろと説明してくれた。


「今日はお時間頂いてありがとうございました」

木材の香りが広がるロビーまで見送りしてくれた。

「こちらこそ、時間取らせてすみません」

帽子取って謝る。律儀な人。

「三浦さんによろしくお伝え下さい。機会があったらまた是非お越し下さいと」
「分かりました。伝えておきます」

ぺこりと一礼して背を向ける。ドアに手をかけ出ようとする私に向かって、坂本さんが言葉を投げかけた。

「小沢さん、フルートは捨ててないですよね⁈ 」
「…えっ⁉︎ 」

ビックリして振り向いた。

「どうして…」

今日の話の中でフルートを吹いていたなんて、一度も言わなかったのに…。

「ハルシンが話してました。公演会の打ち上げの時に」
「ああ…(なんだ、それで…)」

お喋りなハルとシンヤのことだ。きっとペラペラ話したんだろう。

「自分のフルートを高校入学のお祝いに買って貰ってたって聞いて。まだ持ってますか?」

「持ってます…と言うか、捨てられなくて…押し入れの何処かに隠した記憶があります…」

何故そんな事を開くのかと不思議に思った。

「それ、また吹いてみませんか?良かったら、うちの楽団で」
「ええっ⁉︎ 」

あまりに突然な誘い。七年もブラスから遠ざかっていた私が、セミプロの人達に混ざって演奏なんて…。

「…それは、いくらなんでも無理です…七年も吹いてないのに…」

音を鳴らすだけじゃない。呼吸法一つにしてもきっと忘れてる。

「だったら、まずは個人練習してから考えてみて下さい!楽器に不具合があるようならここへ持ってきたらいい。社長であるここの先生が直してくれますから」
「……はぁ」

なんとも間の抜けた返事をした。
土曜日の今日で、まだ二日しか経っていない私に楽器練習なんか勧めるなんて…。

「音を取り戻したんなら次は楽器を鳴らしましょう。自分の物を持っているなら尚更です!」

当たり前みたいな感じで言う。

(この人…どこか朔と似ている…)

同じトランペッター。楽器が大好き。今の所、共通項はそれだけだけど…。
妙な親近感。ハルとシンヤが慕うだけある…。

「取りあえずフルート…探してみます…」

押されるように返事をした。
満足そうに頷く演奏家の彼は、楽器の上だけでなく、口の上でも、何か力強いものを持っているような気がしたーー。
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