音の生まれる場所
帰りの車中、三浦さんが運転しながら呟いた。

「僕も小沢さんの曲を聞かせて欲しいな」

私がフルートのケースを大事そうに抱えていたからかもしれない。
顔を上げると、前を向いたまま付け加えた。

「僕の家族に生の演奏を聞かせたいから」

誰よりも自分の家族を大切にしている三浦さんらしい言葉。
行きの車の中で考えた事が、急に不純に思えた。

「い…いいですよ。私みたいな下手くそで良ければいつでも伺います。でも曲が吹けるようになるのは、ずっと先だと思いますけど…」

罪滅ぼし。変な気を回したから。

「先でもいいよ。いつか頼むね」

三浦さんの笑顔は眩しかった。
この人もまた、大事な人達に囲まれて暮らしてるんだなって思った。



「朔…生きてて欲しかったよ…」

家に帰ってマウスピースに話しかける。私の大事な人は、もうこの世にはいないけど…。

「でも音がある限り、朔はそこにいるもんね…」

大事なこと。朔がこの世に生きてた証しが音の中にはある。

それに気づくきっかけを与えてくれたのは、三浦さんの書いた記事。

『音の生まれる場所』

そこで働く人達。優しくホッとさせらる環境。作られている楽器。語られる音…。
全てに感動したから、今こうしてフルートを吹こうって気になれた。

「朔、また聞かせるからね…きっと…」

思い出のあの曲、必ず吹けるようになってみせるから…。




ーーーそれからの毎日は、まるで中学時代に戻ったみたいだった。
腹式呼吸の練習をして、フルートに息を吹き込んで磨き上げる。ブランクを埋めていく日々の練習は、大変だったけど楽しかった。


「上手くなったか?」

二週間くらいした頃、ハルから電話があった。

「もっさんから真由がフルート練習してるって聞いてさ」

「どんな感じ?練習付き合おうか?」

ハルからの電話が済んだと思ったら次はシンヤ。ホントに二人ともタイミングがいい。

「有難いけどまだまだ個人レッスンで十分。もう少し上手くなったらお願い」

「練習場所に困ったら言ってきて。私のバンドの練習場所貸したげる!」

最後は夏芽。ホントに皆、いい仲間だ…。

「ありがとう。その時はよろしく」

私が音の世界に戻って来たのを、三人ともホントに喜んでくれてる。


「一人じゃないみたいよ…」

朔の写真に話しかけた。
音から離れていた時、あれ程抱えていた孤独感が今はない。
朔がいなくても、私の周りにはたくさんの大事な人達がいて音に溢れている。

「安心してね朔…私、幸せだから…」

つくづくそう思う。朔がいなくても、ホントに恵まれてる。

(これも皆、音を紡いでるからよね…)

人との繋がりを一つ一つ。フルートの腕前も少しずつ。
過去の記憶を頼りに、かつての基本練習を頼りに、毎日毎日、ちょっとずつ紡ぎ直している…。



そして、個人レッスン開始から一ヶ月半。

「どれ位吹けるようになったか確認したげる!バンドの練習場所においでよ」

夏芽から電話があった。

「うん…じゃあお願い」

下手くそな音でも、夏芽にだけなら聞かせられる。そう思って行ったら…

「よぉ!」
「元気?」

「ハル…!シンヤ…!」

夏芽の作戦にはまった。

「上手くなったか?」
「一緒にやろうと思って楽器持って来た」

用意いい二人。これはもう、甘えるしかないか。
< 39 / 69 >

この作品をシェア

pagetop