音の生まれる場所
練習室を出て、ホールの裏口へ向かう。外に出ると、側に置いてあったチャリに、坂本さんが鍵を差した。

「もしかして…毎回チャリで来てるんですか?」

外へ出るまでの間、何も言わなかった私が口を開いたから、少しホッとしたような顔をされた。

「うん。雨の日以外はね」

運動にもなるし…って、多分、節約の為だよね。

「…坂本さんは工房に住んでるってハルシンから聞いたんですけど、ホントなんですか?」

楽器職人の見習い中。厳しい世界なのは説明してもらったから知ってるけど…。

「まぁね。あそこに住んでたらやりたい時にいつでも楽器が作れるし、防音設備もあるからペットも吹き放題!」

楽器作りも演奏もやりたい時にやれる。それだけ自由でいたいってこと…?

「いいですね…夢があるって…」

やっと人生をやり直し始めた私とは違う。
この人は、自分の世界をずっと大事にしている…。

「羨ましいな…私は何もない…」

大好きだった朔の思い出ともお別れして、音の世界に戻ったばかり。
知らないことも多いのに、ひどい事ばかり言っている。

「…言い過ぎました。さっき…すみません…」

キチンと頭を下げる。夜風にあたって、少し頭が冷えた。

「いいよ。こっちの言い方も悪かった…」

カチャン…とロックを外す。背中にペットのケースを背負い、坂本さんがポソリと言った。

「小沢さんが良ければ、これから聞かせてくれないかな…フルート…」

振り向いてこっちを見る。
ドキッとするような眼差し。あの朝のことを思い出した。

「どう?」

言葉少なく聞かれる。断るのもなんだか変な気がする。

「いいですよ…でも、どこで?」

練習室は利用時間が過ぎてしまってるし、音を出しても迷惑にならない場所なんてある?

「工房行こうか。ここから少し遠いけど、コレに乗れば早いし」

チャリのサドルを叩く。二人乗りしようってこと…?

「小沢さんは後ろに座って。ケースを背負って」

肩に紐を掛けられる。懐かしいケースの重み。実はこれが初めてじゃない。

「じゃあ動くよ」

ゆっくり走り出す。漕ぐ人の身体に手を回し、夜風を顔に受けながら思い出したのは、亡くなった人のこと。



高校生になったばかりの頃だった。
朔は毎日、自宅からチャリで通っていた。

「いいな…楽そうで」

ケースを背負って帰る姿が眩しく見えた。
急に大人になった気がして、置いて行かれそうで焦った。

「じゃあ後ろに乗るか?」

冗談で言ってると思ったから、わざとノッた。

「えっ⁈ いいの⁈ ラッキー!」

私みたいな重いの乗せられないって言い出すと思ってた。なのに朔は本気だった。

「ちょっと言ってみただけだから」

遠慮する私の腕を掴んで、放してくれなかった。

「いいから乗れって!その代わりこれ頼む」

肩に掛けられたケース。ズシっと重く感じた。

「重っ…!」

ヨロめく私を笑う。初めてする二人乗り。
胸がドキドキして、すごく照れくさかった。
それから遅くなる時は、いつも乗せてくれた…。

(でも、それも高二の初めまでだったな…)

急にチャリ通学をやめた。
きっと膝に痛みがあって、漕げなかったんだと思う。
何も知らなくて「また乗せてね」…って、言ってしまった…。

「またな」

いつものように笑って約束してくれた。
いつか痛みが無くなると、朔自身もきっと、信じていたーーー。
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