音の生まれる場所
忘れたはずの思い出に涙が出そうになる。
こうして手を回しているだけで、朔のことをつい考えてしまう。
それがとても、切なかった…。

坂本さんは私が何も言わないのを不思議がっていたかもしれない。
信号で止まった時もこっちを気にするような素振りは見せたけど、何も聞いてはこなかった。
涙を拭いているのを見ても、きっと見て見ないふりをしてくれてたんだと思う…。

「ずっと黙ってたね」

工房に着くと、珍しい…と笑われた。

「私だって、ものを言わない時があるんです!」

涙の後を隠すようにして言い返した。
ふ…と笑い返してくれる。その顔が全てを理解しているようだった…。

坂本さんは工房の裏手に回り、表のドアを開けた。
私を中に招き入れ、あの作業場へ案内した。
コンクリートの壁に包まれた部屋。楽器作りの道具がいろいろと置いてある。

「懐かし…」

キョロキョロと周囲を見回す。
すっかり目的を忘れている私に、坂本さんが声をかけた。

「小沢さん、フルート吹きに来たんだよ」

その言葉で思い出す。

「あっ、そうでしたね」

ついつい脱線。いけないいけない。


「何吹きましょうか?」

フルートを構える。
柳さんは私に、自分がどんな人か分かるようなのを吹いてやって…と言っていたけど。

「なんでも!小沢さんが気持ちを込められる曲で」
「気持ちが込められる曲…?」

難しい注文に頭を捻る。
まだ大して吹けないから余計に悩む。

「あれは?ハルシンが言ってたけど、思い出の曲があるって…」

そう言われて気づく。きっとあの曲の事だ…。

「あれは…もう吹かないようにしたくて…」

いつまで経っても朔を忘れられなくなる。
やっと歩き始めたのに、引きずりたくない…。

「じゃあ、前に三浦さん家族に聞いてもらった曲でいいですか?」

夢に向かって頑張っている坂本さんに贈りたい。
『星に願いを』…。

「いいよ、期待してるから」

楽団のスターからされる期待。プレッシャーだなぁ…。


奏でだしたメロディー。


……音の世界に引き戻してくれたのは、坂本さん…貴方だった。
朔を胸に生き直そうと思ったのも、貴方が私を待っていると言ってくれたから。
たくさんの音が集まる場所においでと、ずっと言ってくれたから…。

(ありがとう…おかげで今こうして、フルートを吹いています…)

窓辺からいつも見ていた昼と夜の狭間。その中で、光り輝いていた一等星。
あの星のように、今度は私があなたのことを願いたい。
いつか必ず作り上げられる日が来ると、心から信じたい。
細い光ではあるけど、確かにここにいて、その日が来るのを待ちわびたい…。

(もしも、思う通りの楽器が作れたら…)

その時は、何を語ってくれる…?
優しく力強いその音で、何を教えてくれる…?

(一緒に音が重ねられたらいいな…。一緒に語って、話せたらいい…)

遥かな未来に夢を託す。
いつかはそれが必ず叶うと、きっと願っているからーーー。
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