音の生まれる場所
酒に弱いのにすぐ飲みたがるから付き合ってやるんだと、少しだけ偉ぶる。
でもきっと、本当は一緒に飲むと楽しいからだ…。

「いい関係ですね…坂本さんと柳さん」
「そうでもないよ。音の上ではあいつと折り合いつけるのが一番厄介なんだ。譲ろうとしないし、自分の思いも曲げないから…」

メロディーラインを吹くことが多いクラリネットのコンマス。
簡単に曲を譲ることなんて、きっとできないんだろう。

「二人とも強情そうですもんね」

ハルシンとはまた違った友人関係。
大人の男性だから強いこだわりがある。でもそれをお互い、認め合っている。

「楽しみですね文化祭。どんなハーモニーが出来上がるか」

初めて聞いた時と同じ感動を、今度は贈る立場にいる。
自分の時と同じように、誰かが思いを受け止めてくれたらいい。

「強情と言えば小沢さん、君もだよ」

不意な言葉。女性に対してそれを使うなんてあんまりでは…?

「七年も亡くなった人のことを想うなんて、多分誰も真似できないよ」
「あっ…」

なるほど…そういう意味でか…。

「余程好きだったか一途か、どちらかだよね」

深い意味もなく言ってるんだろうけど…。

(なんか頭にくる…バカにされてるみたい…)

「あの…私、そろそろ帰ります。コーヒーごちそうさまでした」

立ち上がり、足早に作業場のドアまで行く。追いかけて来る坂本さんと、ドアの手前でぶつかりそうになった。

「待って。送るから…」

たった一言に涙が零れそうになる。
その口から朔のことが出たのが悔しくて、やりきれない気持ちになっていた…。


駅までの道のりを、ほぼ無言で歩いた。
話をすると朔のことに触れられそうで、どことなく嫌だった。
駅の近くで見送りを断り別れる。
背を向けた後に感じる視線。しばらく歩いて振り返ると、坂本さんが歩き始めるとこだった…。
苦しくなる様な胸の痛み。
今まで感じたことの無いような苦しさ。
少なくともただの友人や知人には持たない感情。
朔と同じトランペッターだから…って訳じゃない。
きっと…別な思いが胸にある。

(でもそれは…抱いてもいいの…?いけないの…?)

夢を追いかけてる人の背中を見つめながら、一人悩み始めた……。
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