音の生まれる場所
「皆、何か勘違いしてないか?僕は旅行に行くんじゃ…」
「ないけど!どんなとこか知りてーじゃん!行ったことない場所だからさ!」

柳さんが言葉を奪う。
いつ帰って来るか分からない修行の旅にいくんだと、坂本さんの口から何度も聞きたくない。

ワイワイとはしゃいでその場をやり過ごした。
そのままの勢いで文化祭の露店巡りをして駅に着いた時、夏芽が私の腕を引っ張って聞いた。

「坂本さんのこと…好きなんじゃない?」

見つめる眼差しが少し泣き出しそうだった。
すぐに答えられなかったのは、自分の気持ちに、やっと気づいたから…。

「うん…多分…」

どこか違うような気持ちでいたかった。
その方が泣かなくて済む。
始まったばかりの恋心に、ピリオドを付けられる。

そう…思ったからーーー。




文化祭後、初の練習日、ドアを開ける手が少し震えた。
今日から坂本さんとは、会う機会もどんどん減ってく。
先生から正式な発表があって、客演と修行の為にドイツへ行くんだと伝えられるから…。

カチャ…と開けたドアの向こう。
賑やかに鳴る楽器の音色。この部屋の中に私を呼んでくれたのは坂本さんだった…。

「真由ちゃん」

柳さんが寄って来る。

「こんにちは。文化祭ではお疲れ様でした」

頭を下げる。
この人も夏芽と同じ。私の気持ちに気づいているみたい…。

「平気…?」

私以上に寂しそうな顔しているのに、それを聞くなんて。

「柳さんこそ…平気ですか?」

大事な友人がいなくなって、いろいろ不安を抱えてるんじゃないのかな…。
お互い同じ思い。でもそれは私達だけじゃない…。

先生の発表を聞いて、楽団員全員が押し黙った。
今まで楽団を引っ張ってきたスターの不在。その穴をどうやって埋めていったらいいか分からない不安。
でも、皆知っている。
坂本さんが作り上げたい楽器があることを。

「頑張って来いよ!」
「期待して待ってるから!」
「ドイツから泣いて帰って来るなよ!」
「楽器出来上がったら、絶対見せに来てね!」

叱咤激励。皆、彼のことを信じてる。夢を叶えさせたいと願っているーーー。



「つまんなくなるなぁ…」

本音を言ったのは柳さんだけ。練習が終わっても、一人で曲を吹いていた。

「柳さん…一緒に飲みませんか?坂本さんの前祝い、二人でやりましょ!」

寂しくなるのは私だけじゃない。そんなマイナス感情は分け合ってしまえばいい。
そう思って祝杯を上げた。
でも、何故そんなバカなことをしてしまったんだろう…。
深酒になることは、百も承知していたのにーーー。
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