音の生まれる場所
明るさで目が覚めた。見たことある景色。柳さんの部屋だとすぐに気づいた。

ハッとして服を見る。
ブラウスのボタン、いつ外したのか記憶にない。

(もしかして…何かあったとか…?)

確証も何もないのに柳さんを疑えない。
第一、私はどうしてこうも危機感がないんだ…。

「真由ちゃん、目覚めたー?」

シャワー浴びた格好のまま柳さんが顔を出す。

「は…はい!すみません、私、また眠り込んでしまって…」

お店三軒目までは記憶にある。柳さんがお酒に弱い分、自分がしっかりしなくちゃ…と思っていたから。
ギュ…と握るブラウスのボタン。それを見て柳さんが少し照れた。

「謝るのはこっち。早々潰れて悪かった。送って行けねーけど、気をつけて帰って」

何事もなかったように見送られた。ブラスのボタンが外れている理由も、何も聞けなかった…。

(きっと、私が自分で外したんだよね…)

酔っ払って寝苦しくて。…そう思うことにした。

(でも、記憶が無くなるまで飲むのはやめなきゃな…)

反省したのは駅のオープンカフェでコーヒーを飲んだ時。
前に酔っ払って眠り込んでしまった時、私を守ってくれたのは坂本さんだった。

(あんな風に、もう守ってもらえないんだから、気をつけないと…)

飲みながら、昨夜柳さんに聞いた話を思い出す。
坂本さんが楽器職人を目指すキッカケを作ったのは、こんな出来事があったからーーー。


「お前、いい楽器使ってるな」

まだソロで活動していた坂本さんに声をかけたのは、二度目の客演で彼が練習に参加した時。
丁寧に楽器の手入れをする姿に惚れ惚れして、近づいたと言っていた。

「お前の腕前がいいのは、その楽器のお陰かもな」

一度ならず二度までも楽団入りを断られて、柳さんは少し怒ってたらしい。
皮肉のつもりで楽器を褒めた。でも、坂本さんはそれを嬉しがった。

「だろ?大事な宝物なんだ」

磨き上げるその顔が輝いていた。よく見ると、見たことある刻印が押してあった。

「お前…そのペット誰が作ったか知ってるか?」

刻印を指差して聞いた。坂本さんはよく知らなかったみたい。
誰なんだと柳さんを見た。

「…あの人だよ」

後ろを指差す。指揮台に置いた椅子に座り、団員達と話をしてる水野先生。
それを知って、坂本さんは大いに驚いた。

「お前、そんないい楽器作れる人の楽団に入ってみねーか?きっといい刺激になると思うぜ!」

楽器作りの工房を開いていると知った坂本さんは、答えを保留して工房に通うようになった。
何も知らなかった楽器作りのことをいろいろと知るうちに、自分も思いを語れるペットを作りたいと、工房の見習いを始めた…。

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