追憶のエデン
*




――また君か。何度も言うようだけど、僕は君みたいに暇じゃないんだ。
――『イヴ』
――はぁ?
――あたしの名前、『イヴ』!
――そんな事は知ってる。だから何だって言うの?
――ルキフェルはいつもあたしの事を君って言う……。
――それで?通じてるんだから、それでいいじゃない。
――ちゃんと名前で呼んで欲しいの。それに…ルキフェルに一回も名前で呼ばれた事、ないんだもん。
――……はぁ…ねぇ、そんな事の為に、今、この瞬間まで、忙しいって言ってる僕の時間を君は無駄にしてくれたの?
――また君って言った。
――はいはい。忙しいんだから僕は仕事に戻るね。

―――ギュゥッ

――何?まだ何か用なの?
――イヴって呼んで?ルキフェルの声で、ルキフェルの口から、イヴって呼ばれたい……
――……考えておくよ。またね―――

去り際に聞こえたのは、聞き逃してしまいそうなほど小さな声。
でも確かにあたしの耳に届いた貴方の声は、あたしの心を震わせ、嬉しさのあまり、薄く赤らみ、熱を持ってしまった頬を両手で隠しても、零れてしまう笑みまでは隠す事が出来なかった。

――(またね、イヴ―――)




*





「ぅ……っん…」


(薄暗い…。あたしどれだけ眠ってたんだろ?)


あんなに部屋をぽかぽかと包んでいた陽射しも、いつの間にか空の果てへと帰って行ってしまったのか、部屋は薄暗く、あれから何時間も経ってしまった事に気付く。


「うーん。何だか目の奥が痛い…。寝過ぎたからかな?……ん?あたし、泣いてた?」


目の痛みを確かめる様に目元を掌で押さえれば、睫毛が濡れていた。


「何で泣いてたのかな?悲しい夢でもみてたかな?」


夢の内容を思い出そうにも、思い出せない。
何だか夢見が悪かったのだろうか?


(幸せな気持ちと、それ以上に悲しくて切ない気持ちが湧いてくるなんて、変なの。)



どんな夢の内容だったかなんてわからない。
でもこんなに心を締め付ける夢なんて、どういう事なんだろう?
溢れてくる感情に意識を向けながら、上半身を起こしたまま、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
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