追憶のエデン
いつもの起床時間になったのだろうか。あれから固く目を閉じ続けるも一向に眠りにつけないままその時間を迎えた。ルキフェルに「もう起床時間だよ、お姫様?」と甘く耳元で囁かれ、瞳を開ければ「おはよう。」と甘く優しいキスがふわりと落ちる。しかしそのキスは昨日の二人のやり取りを思い出させ、また胸が苦しくなり、ルキフェルを思い切り突き放す。


「止めてッ!!」


「……っ!…いきなりどうしたの?」


「いきなりなんかじゃない。それに……もうこういう事、あたしにしないで!」


伸ばされた手をパシッと振り払い、そのまま勢いよく部屋を飛び出した。
部屋に一人残されたルキフェルは現状が掴めず、シーツに残った未羽の温もりを手で確かめ、俯いたままだった。



「……未羽…。僕を拒絶するなんて、絶対許さないから――。」



冷たく仄暗い声が、部屋に響き渡った。




何処へ行くとも決めていなかった。でも、あのルキフェルと一緒に居たくなかった。触れられるとじわじわと黒い霧に心が侵食されてしまう感覚がどうしても嫌で嫌で、兎に角何も考えず静かなこの廊下を走っていた。



――ドンっ



「痛っ!!
――ぁ…ッ…ごめんなさいっ!!」


碌に前も見ずに走っていたのが悪かったのか、誰かとぶつかってしまい、その勢いで廊下に思いっきり尻餅をついてしまった。
慌てて顔を上げ謝罪すると、見たことのない男の人があたしと同じ様に座り込んでいた。
褐色の肌にピジョンブラッドを彷彿とさせる紅玉の瞳、白髪の綺麗なシルクの様なふわっとした髪は肩まで伸びていた。そして纏うスーツは着崩され、煌びやかな装飾は彼の色っぽさを更に引き立てているかの様だった。


「大丈夫?君もぉ、すっごく派手に転んじゃったから、どっか痛いとこなぁい?」


「大丈夫です。さっきは本当にすみませんでした。貴方こそ、何処か怪我とかされてませんでしたか?」
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