追憶のエデン
「俺は平気だよっ。
それよりぃ、あんなに走って何処行こうとしてたのっ?」



「何処へ…ですか?……何処へでしょうか?――何処へも行くことなんて…出来…ないッ…のにぃ…ねっ……。」



笑って答えたつもりが、気付けばまた涙が出ていた。
初対面の、しかもただぶつかっただけの相手に迷惑をかけるだけなのに。
だからこれ以上迷惑になりたくなくて、「すみません。忘れてください。」とだけ言うと彼の前から去ろうとした。


しかしいきなり腕を掴まれ見上げてみれば、さっきの彼が綺麗な顔を悲しげに歪ませ、真っ直ぐあたしを見下ろしていた。


「待って。そんなに泣いて何処行くの?
こんな時に一人でいたら、もっと悲しいよ?」


「泣いてません。だから、その手を離してもらえませんか?」


そう言って彼から身体ごと背けるとグイっと彼の腕の中に閉じ込められ、空いた手は腰に回されていた。


「ヤダよ。
君が何処にも行けないなら、俺が君を何処かへ連れてってあげるよ。
しっかり捕まっててね。」



窓が自然と開けば心地良い風が流れ込む。「さぁ、行くよ!」と声が聞こえ、抱きかかえられ勢い良く窓から飛び立った。
彼の背には大きく広げられた蝙蝠の様な黒い翼、大きく目を見開き彼の顔を見れば、無邪気にきらきらと微笑む彼がいた。


「ほら、俺と一緒にいた方がこんなに君は高く飛ぶ事だって、行き場を見つけるだって出来たでしょ?
なんなら、もっと空を感じちゃう?
…行っくよぉーっ!!」


ふふっと笑うと更にスピードを上げ、空を二人で駆け抜ける。
怖いなんて思う事なんて忘れるくらい気持ちいい。風と一体となって駆け抜ける疾走感。高揚感。青い空がキラキラと輝いて見えれば、あたしを抱きかかえて飛ぶ彼もすっごく楽しそうに笑っていた。
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