追憶のエデン
「さっさと洗い流してしまいなさい。」



そしてもう一度オロバスさんの声が聞こえたと思えば、閉じていた瞼の奥に光を感じ、そっと目を開ける。
するとさっきまでいた部屋ではなく、いつも使ってるバスルームに一人で佇んでいた。


いつの間にか張られた温かなお湯と、優しい薔薇の香りがふわりと香る猫脚の付いた陶器のバスタブにそっと浸かり、言われた通りにする。身体が温まれば、髪と身体を丹念に洗い、シャワーで全て綺麗に流す。そして柔らかなタオルで優しく水気を拭き取り、用意されていた淡いラベンダーカラーの裾に銀糸で小さなお花の刺繍が施されたチューブトップワンピを着てバスルームを出れば、カチャカチャと食器の音が聞こえ、いつものメイドさんがお茶の用意をしてくれていた。


「もうすぐご用意出来ますから、ソファーでお寛ぎになってお待ち下さい。」


優しく微笑み掛けられソファーで待っているとハーブのいい香りが漂ってきた。
そしてアンティーク調の黒いセンターテーブルにカタリと小さな音を立ててグラスが置かれた。


「レモンバームのアイスハーブティーです。」


お礼を言ってストローに口を付ければ、すっきりとしたハーブティーが喉を潤す。そしてレモンのような爽やかな香りがホッとした気分にさせてくれた。



「本当は内緒にしておくようにって言われてるんですが、実はご入浴の準備をなされたのも。このハーブティーをご用意されたのもオロバス様なんですよ。イヴ様にこのお茶を必ず冷やして出して差し上げなさいって言われて。」


ふふっと可愛らしく笑うと一礼してメイドさんはこの部屋から出て行ってしまった。しかも効能までさり気無く伝えて。



『このお茶は、精神的に弱っている時に飲む事で、不安や緊張を緩和し、心を穏やかにしてくれるんです。そして冷たくして飲む事で更に効果的なんですよ。』



「……おいし。」


目まぐるしい一日から解放されたかのように、レモンバームの香りが身体の力を抜いてくれた。
そして出口の見えない答えに、今だけは目を瞑ってしまってもいいような気になった。
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