追憶のエデン
そんな可愛い忠告は、あたしのちょっとした悪戯心に火を着け、もっと彼を見たいと思ってしまう。
彼の忠告を無視して、彼の方へと再度視線を合わせていくと、それに気付いた彼の視線とぶつかり、目が逸らせず見つめ合ってしまった。


『……っふっ!あははははっ!』


声を上げ二人で笑い合う姿は、完全にどこからどう見てもあたし達はバカップルなんだと思う。



――そんな優しい時間が流れるカフェのとある一角の午後のひとときが胸をやんわりと温めていく。


そしてひとしきり笑い合った後、心が満たされていくのを感じながら、漸く綺麗なティーカップに口を付けた。


オーダーしたアップルティーの香りも、熱も味もきっと落ちて美味しくない筈の紅茶なのに、こんなにも美味しく感じるのは、きっと渉さんがいるからで、これからも彼を大切にしていきたいと強く思う。



(幸せ。



そう、あたしは幸せだ。



……でも。)




「ねぇ、そういえば、渉さんはルキフェルって知ってる?」


幸せな筈なのに思わず出た言葉。
深い意味は特にない。でも、本が好きで知識が豊富な渉さんなら知ってる気がしたから、聞いてみただけ。本当にそれだけ。


「……ルキフェル?
ごめん、ちょっと分かんないかな。でもそのルキフェルがどうかした?」


「え?知らないんだったらいいの。ただ何か友達がそんな事言ってた気がして、ちょっと何だろなぁって思っただけだから。ありがとう。」


(……あれ?何でこんな嘘吐いたんだろ?)


自分でも信じられない程、自然に吐いた嘘に吃驚した。


だから気付かなかったんだと思う。
これから起こる出来事に。



少しずつ動き出した運命の歯車。


カチりと小さな音が微かに聞こえた気がした。
< 5 / 114 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop