追憶のエデン
息を軽く吐くと、サッと用意された服に袖を通し浴室を出た。



鼻腔を掠めて行った芳醇な香り。


センターテーブルには淹れ立ての暖かな紅茶が用意されていた。
ソファーにゆっくりと軽く座り、繊細な花の模様があしらわれたティーカップの華奢な取っ手に三本の指を添え口元まで運ぶ。
するとふわりと薔薇の優しい香りが広がり、心がキュゥっとなり、手の動きを止めたが、そのまま口へと運びコクリと喉から体内へ通した。




温まり切らない広いベッド。
徐々に大きな音を立てていく雨音。
包み込むような暗闇はゆっくりと時間を掛け光を運んで来るが、分厚く重い灰色の雲が邪魔をして完全に明けきることなく、大地を冷たく濡らしていく。


それは恵みの雨となるのか、それとも空が泣いているのか、外からずっと頻りに聞こえている雨音を聞いていた。



(もう朝なんだ……。)


あんな事があった手前、身体も精神も憔悴しきっている筈なのに、一向に訪れる気配のない眠気に正直参っていた。


(寝ている間は、何も考えなくてすむのにな。)


また一つ零れた溜息。
頭まですっぽりブランケットを掛け、両膝を引き寄せベッドの中で小さく丸まった。



――コンコン



「イヴ様、おはようございます。
朝食の準備が整いましたので、お呼びに参りました。」


「ごめんなさい。食欲…ないんです。」


そう声を掛けるとドアの向こうでは「しかし…」と小さく声が聞こえ、二、三、呼吸をした後、「承知しました。」と彼女は言い残し、部屋の前から去っていった。


「せっかく用意してくれたのに、本当にごめんね……。」


そうポツリと言葉を零すと、更にベッドの中で小さく蹲って、仄暗い視界をボーっと見つめていた。
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