追憶のエデン
ゆっくり、ゆっくりと流れていく。
雨音に掻き消されるでもなく、雨水に流されることなく。
一滴。瞬き。
広がる。刻まれる。
深まる。重み。



(何も頭に入って来ない。)


終わりの見えない時間が、目の前広がる主人公の言葉をただの羅列へと変える。
この蒼く綺麗な装飾が施された分厚い古書を、持ち手の中指の腹で優しく撫で上げ、意識をそちらの世界へと誘うが今日は何度向けても、直ぐにこの部屋へと意識を引き返してしまう。


気分を変える為に淹れてもらった紅茶に手を伸ばし口を付ければ、少し冷めてはいるもののアッサムのほんのり甘い味が口いっぱいに広がった。
この一口を切っ掛けに、読み掛けにすらなっていない本をテーブルへと置き、別の本をぺらぺらと捲ってみる。


(気分が乗らない。)


こんな状態ではこの本も前の本と同じ運命を辿るだろうという事で、完全に読書を諦め、深くソファーに凭れ掛かりかなり高い天井の豪華な壁紙を見ていた。


そして頭を過るのはさっきのルキフェルとのやり取り。
正直、あのような反応が返ってくるとは露とも思っていなかった。だってルキフェルは例えやり方が強引でも、やっぱりいつもどこかに優しさがあった。アノ時ですら無理矢理奪う事なんて簡単だったのに、結局は奪わなかった。
あたしは無意識であれ、完全にルキフェルに甘えていた。だから彼をあそこまで苛立たせ、あんなに綺麗だったサファイアブルーの瞳を真っ黒に塗り潰してしまった。その結果がコレなのだ。


もっと早くに気付いていればとか、過去の事を今更どうする事も出来ない。
けど、



悔やまずにはいられない――。



「はぁ……。また笑いかけて欲しいだなんてそんな都合の良い我儘は言わない…。
ただ……。」




何でかな?



何でなのかな?



あの時とは違う胸の痛み。


痛いのは同じなのに、同じじゃない。
< 78 / 114 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop