追憶のエデン
一つ溜息を小さく零し、足元に散らばってしまったルキフェルに貸して貰った楽譜を拾い上げているとドアをコンコンとノックする音が聞こえた。


「はい。」



「あっ!やっぱりここにいた。どう?その曲、可愛いでしょ?クスクスッ」


「ルキフェル。貴方がモーツアルトのキラキラ星変奏曲を持ってくるなんて意外だったわ。
でもこの曲可愛くて弾いててすっごく楽しい気分になるね!」


「くすっ。君にはこういう明るい調べを奏でていた方が似合ってるよ。」


ほんの少しだけルキフェルの笑顔に影が見えた気がした。
でもその僅かな引っ掛かりの意味に気付く事は出来ず、コテンと小首をかしげると、またクスリと笑われた。



「あぁ、そうそう。未羽の事が急に恋しくなったって言うのもあるんだけど、今夜、時間を絶対に空けておいて欲しいってお願いに来たんだ。」


「今夜?別にいいけど、何かあるの?」


そう、やる事などないあたしは、悲しい事にいつでも時間が有り余っている。


「ふふっ。内緒。
でもきっと君も気に入ると思うから、絶対起きて待っててね。
それじゃあ、僕は仕事に戻るからまた今夜。」


そう言うだけ言って出て行こうとしたルキフェルだが、「あ!忘れてた。」とつぶやくとあたしの側まで戻ってきて、そのままあたしを抱締めると、耳元に熱い息が掛かった。



「その曲、今度僕の為だけに弾いて聴かせてね。」



と少し低く甘く強請る様な声で囁かれ、そのままこめかみにちゅっとリップ音を立ててキスをし、少し名残りおしく腕を離すと本当にお仕事に戻って行った。


しかし出て行く時に見せたルキフェルの笑顔が頭に残り、その笑顔を思い出しては今夜がすごく楽しみに感じていた。
そしてそんな気持ちを素直に表わすかのように、また奏で始めた星々の調べに乗せて、先程よりもずっと軽やかで楽しげに弾む星の音がその部屋に広がり出した。
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