好きになんか、なってやらない
 
洋服代もメイク代も、けっしてお金はかけない。
けど、チョコレートだけにはお金をかける。

それが私にとっての、唯一の楽しみ方かもしれない。

月に一回の給料日にだけ許された、この贅沢な買い物。

家に帰ったら、思いきり苦いエスプレッソコーヒーでも淹れようと、頭の中ではすでにチョコレートのことでいっぱいだった。



「………あれ…?」



エンジ色の紙袋を手にぶら下げながら、帰ろうと駅まで歩く。
だけどその駅前で、見知った影が目に映ってしまった。


岬さん……。


そこにいたのは、数十分前まで目にしていた岬さんの姿……。

途端に、胸がドキンとなった気がした。


何、ドキンって……。


一瞬だけ感じてしまった胸の高鳴りに、心の中で自分に突っ込む。

今のは、「最悪」という高鳴りなだけ。
見つかりたくないってことなんだから……。

必死に、自分で自分に言い訳をする姿は、我ながら滑稽だと思う。

だけどそうでもしないと、今にも自分が取り乱してしまいそうだった。



数日前のことを思い出して……。
 
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