好きになんか、なってやらない
 


   ***

(跳ね除けろよ)
(そのほうがいいですか?)
(……ダメ。
 っつか、させない)


抱きしめられたあの土曜日。

いつもならすぐに跳ね除けるのに、あの時だけはそうしたいという気持ちなんかなくなっていて……。

ドキドキと高鳴る自分の鼓動に
心地よさと落ち着きなさの両方を抱えて、ただ岬さんに抱きしめられていた。


(あーダメだっ)


ふいに岬さんは私の体を離して、肩に手を添えたままガクッとうなだれる。


(これ以上したら、またキスしそう)
(だ、ダメですっ)
(だろ?だから今日は帰る)


岬さんの発言に、慌てて後ずさり、自分の口を覆った。
そんな私に、岬さんは苦笑すると、もう一度玄関に添えてある靴を履きだした。


(じゃあ、また会社でな)
(………はい)


岬さんはこれ以上私に触れることなく、笑顔で手を振るとそのまま部屋を出ていってしまった。


途端に静まり返る自分の部屋。
ドアの向こうからは、遠くなっていく岬さんの足音。



なんだろう、このモヤッとした感じ。
帰ってくれてほっとしているはずなのに、どこか心にぽっかりと穴が開いた気分。


寂しいなんて……
感じているわけない。


   ***
 
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