好きになんか、なってやらない
 
「え、ちょっ……」
「しっ。向こうにバレんだろ」


化粧ポーチを借りた凌太は、真央と席を交換して、あろうことかその場で私にファンデーションを差し向けてきた。

幸いにも、もう料理は食べつくしていたので、化粧品が飛び散っても大丈夫。


「お前、マナーなってねぇなー」
「今だけ見逃せ。トイレで立ち上がったらバレるから」
「何にだよ?」


柿本さんの質問には、凌太は答えなかった。


バレたくない相手は、一人しかいない。
壁の向こう側には、いまだに最低トークが続けられている。


「すごい……。凌太さんって、メイクとかも出来ちゃうんですか?」
「ちょっとだけね。……昔、一応メイクの仕事とかやってたから」
「嘘っ!!」


私以上に、真央が大きく反応していた。
私も驚きの声をあげたかったけど、今はいろんな意味で声を出すことはできない。


でも……
まさか凌太が、メイクの仕事をしていたなんて……。


「本当は、俺とのデートのときだけにしてもらうつもりだったんだけどな」
「……なんですか、それ…」
「そのまんまの意味。
 他のやつに見せるのはもったいねぇの。
 化粧なしで、そんだけの素材の顔なら、化粧したらどうなるか、メイクの仕事してれば分かるよ」


たぶんこれは、褒め言葉……?

顔のことで誰かに褒められたことがなかったので、イマイチ理解しがたかった。


私なんかが化粧したところで
何かが変わるのだろうか……。
 
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