好きになんか、なってやらない
 
嫌な人なのに
完全には嫌な人にはなりきれていなくて……。

一途に凌太を想っていただけなんだと思い知らされる。


「片方……凌太が持っていたりしてくれたら……いいんだけどな」


つぶやかれた小さな願い。
だけど私からしてみたら、そんなことがあったら困ること。


美空さんは揺らいでいた瞳をきりっと変えると、テーブルの上に置いてあった帽子を深くかぶる。


「負けたくなかったら、あなたも全力で戦いなよ」


そう言って、美空さんは背を向けて去って行った。



「……」


最後まで、何も言えなかった自分。

いつもはあんなに強気でいるのに、文句も嘲笑うことも何も出来なかった。


昔の自分に戻ったような、そんな感覚。
周りに押し流されて、何も出来ない。


止めたい。


だけど……


(止めたって選ぶのは凌太だから)


自分の引き留めなんか意味がない。
 


美空さんが去ったこの場所に
甘い香りだけがいつまでも残っている気がした。
 
< 253 / 301 >

この作品をシェア

pagetop