好きになんか、なってやらない
嫌な人なのに
完全には嫌な人にはなりきれていなくて……。
一途に凌太を想っていただけなんだと思い知らされる。
「片方……凌太が持っていたりしてくれたら……いいんだけどな」
つぶやかれた小さな願い。
だけど私からしてみたら、そんなことがあったら困ること。
美空さんは揺らいでいた瞳をきりっと変えると、テーブルの上に置いてあった帽子を深くかぶる。
「負けたくなかったら、あなたも全力で戦いなよ」
そう言って、美空さんは背を向けて去って行った。
「……」
最後まで、何も言えなかった自分。
いつもはあんなに強気でいるのに、文句も嘲笑うことも何も出来なかった。
昔の自分に戻ったような、そんな感覚。
周りに押し流されて、何も出来ない。
止めたい。
だけど……
(止めたって選ぶのは凌太だから)
自分の引き留めなんか意味がない。
美空さんが去ったこの場所に
甘い香りだけがいつまでも残っている気がした。